「ええ、せっかくの庭園も、騒がしいと興醒めですから、私が皇太后様にお願いしたのですよ」

「皇太后様に……?」

「この庭園を発案されたのは皇太后様なのです。宮中暮らし……特に女性の外出は厳しく禁じられていますので、少し気分転換をする場所が必要ではないかと」

「なるほど……女性目線の素晴らしいお考えですね」

「ええ、本当に……」


 カチャリ、雲嵐の湯呑みが、受け皿で音を立てる。

 さあ、次はなにを話すべきか。

 皇帝暗殺の依頼人を探るべく、翠玉は質問を考える。


「雲嵐様の願いを聞き入れてくださるなんて、皇太后様とも良好なご関係なのですね」

「さぁ、どうでしょうか……上皇は私の母を寵愛していましたから、その息子である私にも情があるようで……皇太后様も、私を無下にはできないのでしょう」


 息子の雲嵐がこの美形なのだ、皇妃であった母も、美貌で先代の皇帝から寵を受けたことは想像するに易い。

 上皇が目をかけている息子なら、皇太后でも冷たく扱うことはできないだろう。腹の中はわからないが、関係を円滑に保つためには、多少のわがままも聞く……ということだ。


「皇帝になれなかった私たちにも配慮してくださる、誠お優しい父上と母上ですよ」


 世継ぎの話が出たところで、翠玉は次の質問を決めた。


「雲嵐様は、皇帝になりたいと思われたことはないのですか?」


 これには凛玲と和が固まった。

 世継ぎになれなかった皇族の男に、禁句とも言える質問。

 翠玉は雲嵐が機嫌を損ねるギリギリのところを突いた。

 この質問に対する反応を見るだけでも、意味があると思ったからだ。

 雲嵐も一瞬、目を丸くして翠玉を見た。

 しかし次第に視線を落とすと、口元に手を当て、小さく笑い出した。


「……ふふ、あなたは、面白いことを聞きますね」


 怒るでもなく諌めるでもなく、雲嵐は至極愉快そうに肩を揺らした。

 そして一頻り笑い終えると、改めて翠玉に向き直った。


「正直言って、ありませんよ。皇帝は制約も多く、激務ですから、私は今の暮らしが気に入っているので……他の弟たちも同じ気持ちのはずです」


 雲嵐は清々しい口調でハッキリと翠玉に伝えた。

 これが本心かどうかはわからない。

 だが、翠玉にはどうも、雲嵐から野心というものを感じられなかった。

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