「雲嵐様、連れてまいりました」


 和が頭を下げて言うと、白い椅子に座った人物が腰を上げ、翠玉の方を振り返った。


「翠風殿、こうして顔を合わせるのは初めてですね」


 切れ長の目に、高い鼻、薄い唇の端に小さな黒子。花の刺繍が施された、すみれ色のゆったりとした衣を着ている。暁嵐ほど豪華ではないが、身分の高さが窺える。

 ――へぇ……これはこれは……。

 翠玉でさえ関心してしまうほどの美形だ。

 線が細く、どこか儚げな、女好きしそうな美男子。逞しく、凛々しい暁嵐とはまた違った魅力がある。


「暁嵐の一番上の弟、雲嵐と申します」

「初めまして、雲嵐様、翠風でございます」


 翠玉は長い衣の裾を両手で摘むと、膝を落として礼をした。

 丁寧で品のある動作に、雲嵐は微笑みながら、自身の前の椅子を手のひらで示した。


「さぁ、どうぞ、こちらにお掛けください」

「失礼いたします」


 翠玉が案内された椅子に腰を下ろすと、雲嵐もまた席につく。二人は机を挟んで、向かい合う形になった。

 和は雲嵐のそばに、凛玲は翠玉のそばに立って待機する。

 西洋風の丸い机の上には、二人分の温かいお茶と菓子が用意されていた。


「突然手紙を差し上げて申し訳ありませんでした、驚かれたことでしょう、しかしよくぞお越しくださいました」

「いいえ、とんでもございません、お声がけいただいてとても嬉しいですわ」


 物腰が柔らかく、皇妃に対しても敬語を使う雲嵐に、やはり女うけがよさそうだと考える翠玉。

 さすが、皇后の視線を奪うだけのことはある。

 翠玉は生誕祭で、舞いを披露していた時のことを思い出していた。

 皆が翠玉たちに夢中なのをよそに、皇后の美雨は別のところを見ていた。

 その先にいたのが、この男、雲嵐だったのだ。

 彼は演舞に集中していたため、翠玉は美雨の片恋かと思った。

 美雨からすると雲嵐は義理の弟にあたる。立場上も関係上も、絶対に許されない相手だ。とはいえ忍ぶ程度の想いならば、罰されることもないだろう。あくまで、忍ぶ程度の想いであれば、だが……。

 

「最近、後宮入りした娘が、ずいぶん美貌だとは耳にしていましたが、まさかあのような演舞まで披露されるとは……どうしても直に話してみたくなり、文をしたためずにはいられませんでした。しかし、こうして間近に接してみると、あまりの美しさに……驚くばかりです」

「いえ、そんな……雲嵐様こそ……その……大変、お美しい殿方で驚きましたわ」


 翠玉は雲嵐から少し視線を外して、また戻す。

 恥じらいは乙女の嗜み。これを嫌がる男はいない。

 雲嵐も例に漏れず、機嫌よさそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、母似だとよく言われます、私の生みの母は先代皇帝……今の上皇の側室でしたが、もうこの世にはおりません、病で早くに亡くなりました」

「そう、なのですか……さぞお美しいお方だったのでしょうね、美人薄明とはよく言ったものですわ」

「そうかもしれませんね」


 弱弱しく微笑む雲嵐は、同情さえ誘う。

 翠玉は気の毒そうな顔を作った後、舶来品の湯呑みを持ち、温かいお茶を口に含んだ。

 それから竜胆の咲き誇る庭園に目を向ける。

 こんなに広々とした場所なのに、翠玉たち以外は誰もいない。

 だから翠玉はふと思う。

 ここなら、秘密のやり取りも可能なのではないかと。例えば、暗殺の依頼なんかも。

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