六
「雲嵐様、連れてまいりました」
和が頭を下げて言うと、白い椅子に座った人物が腰を上げ、翠玉の方を振り返った。
「翠風殿、こうして顔を合わせるのは初めてですね」
切れ長の目に、高い鼻、薄い唇の端に小さな黒子。花の刺繍が施された、すみれ色のゆったりとした衣を着ている。暁嵐ほど豪華ではないが、身分の高さが窺える。
――へぇ……これはこれは……。
翠玉でさえ関心してしまうほどの美形だ。
線が細く、どこか儚げな、女好きしそうな美男子。逞しく、凛々しい暁嵐とはまた違った魅力がある。
「暁嵐の一番上の弟、雲嵐と申します」
「初めまして、雲嵐様、翠風でございます」
翠玉は長い衣の裾を両手で摘むと、膝を落として礼をした。
丁寧で品のある動作に、雲嵐は微笑みながら、自身の前の椅子を手のひらで示した。
「さぁ、どうぞ、こちらにお掛けください」
「失礼いたします」
翠玉が案内された椅子に腰を下ろすと、雲嵐もまた席につく。二人は机を挟んで、向かい合う形になった。
和は雲嵐のそばに、凛玲は翠玉のそばに立って待機する。
西洋風の丸い机の上には、二人分の温かいお茶と菓子が用意されていた。
「突然手紙を差し上げて申し訳ありませんでした、驚かれたことでしょう、しかしよくぞお越しくださいました」
「いいえ、とんでもございません、お声がけいただいてとても嬉しいですわ」
物腰が柔らかく、皇妃に対しても敬語を使う雲嵐に、やはり女うけがよさそうだと考える翠玉。
さすが、皇后の視線を奪うだけのことはある。
翠玉は生誕祭で、舞いを披露していた時のことを思い出していた。
皆が翠玉たちに夢中なのをよそに、皇后の美雨は別のところを見ていた。
その先にいたのが、この男、雲嵐だったのだ。
彼は演舞に集中していたため、翠玉は美雨の片恋かと思った。
美雨からすると雲嵐は義理の弟にあたる。立場上も関係上も、絶対に許されない相手だ。とはいえ忍ぶ程度の想いならば、罰されることもないだろう。あくまで、忍ぶ程度の想いであれば、だが……。
「最近、後宮入りした娘が、ずいぶん美貌だとは耳にしていましたが、まさかあのような演舞まで披露されるとは……どうしても直に話してみたくなり、文をしたためずにはいられませんでした。しかし、こうして間近に接してみると、あまりの美しさに……驚くばかりです」
「いえ、そんな……雲嵐様こそ……その……大変、お美しい殿方で驚きましたわ」
翠玉は雲嵐から少し視線を外して、また戻す。
恥じらいは乙女の嗜み。これを嫌がる男はいない。
雲嵐も例に漏れず、機嫌よさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、母似だとよく言われます、私の生みの母は先代皇帝……今の上皇の側室でしたが、もうこの世にはおりません、病で早くに亡くなりました」
「そう、なのですか……さぞお美しいお方だったのでしょうね、美人薄明とはよく言ったものですわ」
「そうかもしれませんね」
弱弱しく微笑む雲嵐は、同情さえ誘う。
翠玉は気の毒そうな顔を作った後、舶来品の湯呑みを持ち、温かいお茶を口に含んだ。
それから竜胆の咲き誇る庭園に目を向ける。
こんなに広々とした場所なのに、翠玉たち以外は誰もいない。
だから翠玉はふと思う。
ここなら、秘密のやり取りも可能なのではないかと。例えば、暗殺の依頼なんかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます