五
約束の時間が近づいてくると、和が再び翠玉の屋敷を訪れた。
翠玉は絹の衣を羽織り、凛玲とともに屋敷を出る。
和がやって来ると、後宮の門番はなにも言わずに門を開ける。ずいぶんと慣れたやり取りのように見えた。
旺玖院を横ぎり、生誕祭を行った御殿も通り過ぎると、やがて緑と石垣が見えてくる。
出入り口であろう、鉄格子の門のそばに、一人の年老いた宦官が立っていた。
彼は翠玉たちの姿が見えると、両腕を重ね、深々とお辞儀をした。
「翠風様でございますね、雲嵐様から承っております、どうぞお入りください」
そう言って白髭を蓄えた宦官が門を開けると、まずは和が中に入る。
それに続いて翠玉が足を踏み入れると、一気に開けた視界に目を見開いた。
広々とした敷地内、辺り一面が花畑だった。
といっても野草のようではなく、きちんと管理が行き届いた庭園だ。
花壇や道も、小さな橋に池の縁まで、すべて白に統一されていて、西洋の風景のようになっている。
そして庭園の中央には、白くて丸い屋根の下に、机と椅子が置いてあった。
翠玉は遠巻きに、その椅子に腰掛けた人物を見た。門に対し背中を向けているので、まだ顔を確認できない。
先を歩く和に、やや離れた状態でついていく翠玉。
中央の机の場所が、丘のようにやや高くなっている。
翠玉はなだらかな坂を歩きながら、辺りを眺めた。
紫色の竜胆の花が、中央の机を囲むように咲いている。
庭園の周りは低い石垣が取り囲み、その上に緑の木々が生えている。よほど覗こうとしない限り、中の様子は見えないだろう。かといって、高い塀に囲まれているわけではないので、圧迫感もなく、開放的な空間になっている。
「綺麗ね、時期によって違う花が咲くのかしら?」
「そうですね、以前は彼岸花が綺麗でしたよ」
「……凛玲は今まで、来たことがあるのね」
翠玉は顔だけ動かし、後ろを歩く凛玲を見た。
しかし、凛玲はすでに俯いていて、その表情は読み取れない。
「ごめんね、答えなくていい、私は凛玲を助けたいだけなの」
翠玉は凛玲にだけ聞こえるようにこっそりと言うと、再び前を向いた。
凛玲の今の台詞は、単なるうっかり発言なのだろうか。それとも、ここに来たという示唆なのか。
依頼人をハッキリ告げることができないなら、翠玉の探索を助けたい。そんな気持ちが凛玲にもあったのかもしれない。心のどこかで、助けてほしいと――。
やがて翠玉たちは庭園の中央である、机の前に辿り着いた。
席に座った人物の後ろ姿がすぐ前にある。
漆黒の流れるような長髪、その横髪を後ろに回し小さなお団子に結い上げている。
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