約束の時間が近づいてくると、和が再び翠玉の屋敷を訪れた。

 翠玉は絹の衣を羽織り、凛玲とともに屋敷を出る。

 和がやって来ると、後宮の門番はなにも言わずに門を開ける。ずいぶんと慣れたやり取りのように見えた。

 旺玖院を横ぎり、生誕祭を行った御殿も通り過ぎると、やがて緑と石垣が見えてくる。

 出入り口であろう、鉄格子の門のそばに、一人の年老いた宦官が立っていた。

 彼は翠玉たちの姿が見えると、両腕を重ね、深々とお辞儀をした。


「翠風様でございますね、雲嵐様から承っております、どうぞお入りください」


 そう言って白髭を蓄えた宦官が門を開けると、まずは和が中に入る。

 それに続いて翠玉が足を踏み入れると、一気に開けた視界に目を見開いた。

 広々とした敷地内、辺り一面が花畑だった。

 といっても野草のようではなく、きちんと管理が行き届いた庭園だ。

 花壇や道も、小さな橋に池の縁まで、すべて白に統一されていて、西洋の風景のようになっている。 

 そして庭園の中央には、白くて丸い屋根の下に、机と椅子が置いてあった。

 翠玉は遠巻きに、その椅子に腰掛けた人物を見た。門に対し背中を向けているので、まだ顔を確認できない。

 先を歩く和に、やや離れた状態でついていく翠玉。

 中央の机の場所が、丘のようにやや高くなっている。

 翠玉はなだらかな坂を歩きながら、辺りを眺めた。

 紫色の竜胆の花が、中央の机を囲むように咲いている。

 庭園の周りは低い石垣が取り囲み、その上に緑の木々が生えている。よほど覗こうとしない限り、中の様子は見えないだろう。かといって、高い塀に囲まれているわけではないので、圧迫感もなく、開放的な空間になっている。


「綺麗ね、時期によって違う花が咲くのかしら?」

「そうですね、以前は彼岸花が綺麗でしたよ」

「……凛玲は今まで、来たことがあるのね」


 翠玉は顔だけ動かし、後ろを歩く凛玲を見た。

 しかし、凛玲はすでに俯いていて、その表情は読み取れない。


「ごめんね、答えなくていい、私は凛玲を助けたいだけなの」


 翠玉は凛玲にだけ聞こえるようにこっそりと言うと、再び前を向いた。

 凛玲の今の台詞は、単なるうっかり発言なのだろうか。それとも、ここに来たという示唆なのか。

 依頼人をハッキリ告げることができないなら、翠玉の探索を助けたい。そんな気持ちが凛玲にもあったのかもしれない。心のどこかで、助けてほしいと――。

 やがて翠玉たちは庭園の中央である、机の前に辿り着いた。

 席に座った人物の後ろ姿がすぐ前にある。

 漆黒の流れるような長髪、その横髪を後ろに回し小さなお団子に結い上げている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る