十二

 ズンズンと豪快に歩み寄る、その気配に、翠玉はくるりと振り返った。

 遠くから足音が聞こえただけで、翠玉は誰だかわかっていた。

 その上で避けずに、熱い抱擁を受け入れる。

 

「……あ、あの……陛下……?」


 暁嵐は翠玉を腕の中に閉じ込めたまま、しばらく黙ってじっとしていた。

 そしてようやく口を開いたかと思うと、物憂げなため息を漏らす。


「……はぁ……やはり、他の奴らに見せるべきではなかったやもしれん」


 見せびらかしたい気持ちと、閉じ込めたい気持ち。翠玉の舞いを目の当たりにした今、暁嵐の気持ちは後者に傾いていた。

 自分以外の男に、こんなに妖艶な翠玉を見せてしまったことを、後悔していたのだ。


「陛下が今なにをお考えなのか、手に取るようにわかりますわ」

「そうか……翠風にはかなわんの」


 暁嵐の気持ちを察した翠玉は、仕方ない人だと思いながら、その頬に手を伸ばした。

 そして柱の影で、触れるだけの口づけを贈った。


「そんなに妬かないでちょうだい、あなたを想って舞ったのよ」


 翠玉からの突然の口づけに、暁嵐の鼓動が早鐘を打つ。

 なんと悪い女に堕ちてしまったのか。

 だがそれでもいい、翠玉のためなら、なんでもしてやろうと暁嵐は誓った。

 そんな暁嵐を追って、何人もの宦官が押し寄せる。

 

「陛下! まだ祭りの最中でございますぞ!」

「どうか速やかに席にお戻りください!」


 焦る宦官たちをよそに、暁嵐はなにか決意したように、すっと真剣な面持ちになる。

 そして翠玉を抱えるように連れて、扉の前に出た。

 御殿中の人々が注目する中、暁嵐は深く息を吸い込んだ。

 

「このおなごが、わしが愛する翠風じゃ、この者になにかあればわしが容赦せん、皆、心しておくのじゃぞ!」


 暁嵐の高らかな宣言は、御殿の隅々まで響き渡った。

 聞いていた皆はあっけに取られ、しばらくした後、ザワザワと色めきだった。


「……どれ、これで少しは役に立てるかの?」


 そう言ってニッと笑う暁嵐に、翠玉は目眩を起こしそうだった。

 厚い胸板に顔を埋め、両手を暁嵐の背中に回す。

 もう抱きしめ返すことに、躊躇はなかった。


「……もういいです、もう、これ以上は、なにもしないで――」


 際限なく降り注ぐ暁嵐の愛情に、翠玉は溺れてしまいそうになる。

 しかし、この中のどこかに、暁嵐暗殺の依頼人がいるのだ。

 そう思うと、翠玉の心はちっとも休まらないのだった。

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