十一

 大役を果たした二人は、扉の近くで曲がり、御殿の角に向かう。


「上手くいったわね、大盛況よ」

「まったく、頼まれた時はどうなることかと思ったが」


 得意げな翠玉に対し、司馬宇は眉間に皺を寄せて息をついた。

 暁嵐に踊りの提案をされた時、翠玉はいの一番に相手を所望した。

 どうせやるなら単なる踊りではなく、物語性のある演舞にしたいと思ったからだ。

 練習も、一人で黙々としていても、上手くはならない。

 暗殺の訓練と同じく、相手がいた方が上達が早いのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、司馬宇だった。

 翠玉に指名され、やって来た司馬宇との会話はこうだった――――。


「なぜ俺なんだ」

「だって、司馬宇じゃないと私の動きについてこれないでしょ」

「だからといって」

「それに、私の色香に惑わない男なんて、司馬宇くらいだもの」

「……俺は女に興味がないからな」

「だと思ってたわ、そういうことも踏まえて、皇帝付きに抜擢されたのでしょう、最高の宦官じゃない」


 ――――そんな一幕があり、司馬宇は渋々翠玉の指名を受けた。暁嵐からの命令でもあるのだから、最初から断る選択肢はなかったも同然だが。

 司馬宇は手を抜くことはなかった。

 生誕祭である今日までの十日間、誰もいないこの御殿で、ひたすら特訓を繰り返した。

 互いに悪いところは悪いと言い、とことん向き合って作り上げた。

 当日は練習で御殿が使えないため、庭園の方で予行演習をした。

 練習の期間がかなり短かったにも関わらず、ここまで高い完成度になったのは、やはり二人は似たもの同士で息が合ったのだ。

 翠玉も司馬宇も、今回のことで確信していた。

 太い柱のそば、御殿の隅に辿り着いた翠玉が司馬宇を振り返った。


「ねえ、司馬宇、私たち、友達にならない?」


 司馬宇は三白眼を見開いた。

 通常、皇妃は宦官よりも立場が上だ。しかも翠玉は暁嵐の唯一の寵妃。

 本来は宦官である司馬宇が敬わなければならない方だ。

 それなのに、翠玉は司馬宇の口調を正すでもなく、むしろ好意的に返している。


「私、けっこう好きよ、あんたのこと」


 異性とも、君臣とも違う、ある種、最も純粋な「好き」は、司馬宇の胸にも真っ直ぐに届いたことだろう。

 司馬宇は目を逸らすと、ゴホンと一度咳払いをした。


「……考えておく」

「ふふっ」


 この反応は承諾に近い。

 司馬宇の性質を見抜き始めた翠玉が、にんまり微笑んでいると、後ろの方から足音が近づいてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る