十
やがて、翠玉は舞台袖に当たる、御殿の隅に剣を向けた。
するとそこから現れたのは、翠玉と同じく金の衣装に身を包んだ大柄な男だった。
翠玉は司馬宇に剣を放る。司馬宇は勢いよく走って飛ぶと、剣を受け取り翠玉の前に着地した。
剣を手にした司馬宇に、翠玉は蠱惑的な表情を浮かべ、柔和な舞いで挑発する。
この演舞には、物語があった。
暗殺者と皇帝の恋物語。
人間らしさの薄い翠玉が、気持ちを込めて踊れるよう、司馬宇とともに決めた。
だから今の翠玉には、司馬宇が暁嵐に見える。
時に愛らしく、時に妖艶で、皇帝を陥落させてゆく様を雅に演じる。
最後に翠玉は、天女のような羽衣を放ち、司馬宇の首に引っかけて力をかけた。
ギリギリまで前傾になる司馬宇と、後ろに体重をかける翠玉。
二人の唇がつくかつかないか……限界のところで演舞は終了した。
二人が離れ、隣に並んでお辞儀をすると、ようやく我に返った観客がパチパチと拍手を始めた。
やがてそれは御殿中に広がり、盛大な拍手の波となった。
「なんと素晴らしい! こんな演舞は初めてだ!」
「相手は司馬宇殿か!? まさか、こんな美しいものが観れるとは!」
「なんという麗しいおなごだ! ぜひうちの息子の嫁に!」
さまざまな感激の声が飛ぶ中、翠玉と司馬宇は静かに退場する。
「素敵でしたわね、陛下」
美雨は隣に座る夫に声をかけた。
しかししばらく待っても返事がなかったため、振り向いて顔を見る。
「陛下?」
「……あ……ああ、すまぬ」
美雨に何度も声をかけられ、暁嵐はようやく我に返った。
暁嵐は翠玉に踊れと命じただけで、どんなふうに舞うのかはまったく知らされていなかった。
自分で言っておきながら、想像を絶する出来に、暁嵐は驚きを隠せなかった。
そんな様子の暁嵐に、美雨もまた少し驚いていた。いつも物怖じしない彼が、こんなに心を揺さぶられているのを初めて見たからだ。
「翠風といいましたか、あの美しさに魅せられたのですか?」
「……そうじゃな」
暁嵐はやや惚けたように答えた。
そして、翠玉を愛した理由を自覚する。
出会ったあの時、翠玉の見目麗しさに惹かれたのも事実だが、それ以上にあの、動きに魅せられたのだと。
司馬宇と戦う翠玉は、まるで妖艶に舞う蝶のようだった。
こんな強さと美しさを持ち合わせた人間が、どんな女なのかと、暴いてみたくなったのだ。
暁嵐は自分の中にそんな欲があるとは知らなかった。
――これが一目惚れというやつか……。
暁嵐は眉尻を下げ、少し困ったように笑うと、遠さがってゆく翠玉の後ろ姿を目で追った。
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