「……ちょっと、聞きたいんだけど」

「どうした? なんでも聞いてよいぞ」

「あなた、私の身辺調査をする気はないの?」


 今日一日過ごしてみても、誰かに見張られている気配が一切なかった。

 そのため翠玉は、なんの動きもない暁嵐に疑問を抱いたのだ。


「なんじゃ、まだそんなことを申しておるのか」


 翠玉の質問に、暁嵐はあきれたように言った。


「あなたを殺そうとした私と……依頼をした人間が、この宮中のどこかにいるのよ」

「そうじゃな、問題はその依頼人の方じゃ、お前は別にやりたくてやったわけではなかろう、勤めなら仕方のないことじゃからの」

「よくもそんなに割り切れるわね」

「わしも戦で人を殺めておるゆえ、その点については特になにも思わぬぞ」


 暁嵐の言うことは最もなのだが、頭で理解するのと心で納得するのは別物だろう。

 それをすんなり受け入れるなんて、暁嵐はあまりに潔く、器が広すぎた。


「そもそも密偵を送ったところで、翠玉には無意味じゃろ」

「……確かにそうだけどね、臣下を無駄死にさせたくないなら、大人しくしている方が賢明だわ」

「じゃから、一番よいのはわしが翠玉と一緒におることじゃ。こうやって見張っておれば、悪さもできんじゃろ」


 そう言って暁嵐は、翠玉を正面から抱きしめた。

 昨夜は余裕がなかったので、翠玉は初めて、暁嵐の抱擁を味わっていた。

 高めの体温に、穏やかな陽射しのような匂い。

 翠玉が今まで無縁だった、一生関わるはずではなかった、暖かい、日の当たる場所。

 翠玉は抱きしめ返そうと上げた両手を、思い直して引っ込めた。


「あまり私にベッタリしないでちょうだい、他にも皇妃が山ほど待っているのでしょう、今まで平等に回っていたならなおさら、突然偏ったら不満が出るわよ」

「そうはいってもなぁ、翠玉に会いたくてどうしようもないのじゃ。何日も会えないとなると、勤めも手につかんようになるかもしれぬ。皇帝が腑抜けになっては国が傾く、ゆえに翠玉との逢瀬は民のためにもなるということじゃ」


 ものは言いようだ。なかなか弁の立つ暁嵐に、翠玉はあきれたようにため息をついた。

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