徐々に日が暮れ、辺りが暗くなる。

 翠玉にとって、二度目の宮中の夜だった。

 灯篭の明かりが滲む石畳みの道を、宦官の運ぶ輿が行く。

 やがて翠玉の屋敷の前に止まったそこから、降りてきたのは楊国の主。

 暁嵐が宣言通り、翠玉の元にやって来たのだ。

 

「翠風様、陛下がお越しでございます」


 扉の前から、司馬宇とは別の宦官が声をかける。

 司馬宇は今夜も、少し離れた場所から暁嵐を見守っている。暁嵐が皇妃の元へ行く時は、いつもこの状態だ。

 突然の襲撃に備えるため、護衛が一塊にならないようにと、暁嵐からの命令であった。

 

「どうぞ、お入りください」


 翠玉は寝台の上から外に返事をした。

 すると一人の宦官が扉を開け、暁嵐が姿を見せる。

 奥の寝台に正座していた翠玉は、揃えた両手を布団に置き、ゆっくりと頭を下げた。

  置き型の照明がほんのり照らす、白い寝巻き姿の翠玉。その様が情欲的で、暁嵐の胸が踊る。

 暁嵐が室内に一歩踏み入ると、宦官が扉を閉め、二人きりの空間が出来上がる。

 暁嵐は急ぎ足で進み、寝台に上がると、胡座をかいた。

 翠玉が顔を上げると、二人は間近で目が合う。すると暁嵐がニッと笑った。


「どうじゃった、翠玉、一日目の後宮は」

「それなりに快適でしたわ」

「二人きりの時は、もっと砕けた話し方でよいぞ」


 皇太子として生まれた暁嵐は、幼少期からずっと敬語を使われてきた。そのため、親以外に砕けた口調で話されるのは、新鮮で悪い気がしなかった。もちろん、翠玉限定のお許しだが。

 翠玉はその背景をなんとなく想像していた。

 物珍しさの酔狂なのだろうと。

 だが、楽な方を提案され、断る理由はなかった。

 

「……では遠慮なく」


 翠玉の答えに、暁嵐は満足げに微笑んだ。

 暁嵐は赤い生地に金色のススキの模様が入った衣を着ている。日中の固い正装とは違う、ゆったりとした寝巻き姿。翠玉のところで寝る気満々だ。


「お付きの女官は悪くないか? 気に入らなければ代わりを用意するが」

「別に問題ないわ、誰でも同じでしょ」


 凛玲との関係を勘づかれないよう、翠玉は気のない返事をした。

 皇帝が知る女官は、専属の食事係くらいだ。それ以外の女官については関わりがないので、凛玲のこともまったく知らない。

 翠玉の返事に「そうか、ならよい」と穏やかに答える暁嵐。

 すっかり気を許したふうな彼を見ていると、翠玉は思わず聞いてみたくなる。

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