三
「……正直言って難しいわ。この私がやられたのだから……仮に暁嵐をやれたとしても、司馬宇がいる。その場で捕えられるか、逃げたところで、どこまでも追いかけてくる男よ、あれは」
「そっか……」
凛玲は少し驚いた。
いつも強気な翠玉が、こんな弱気なことを言うのは初めてだった。
暗殺を行うには、請負人と実行人が二人一組になる。
昔から翠玉をよく知っている凛玲だからこそ、今回の翠玉の微妙な変化に気づいた。
翠玉はなにも嘘をついているわけではない。
だが、暁嵐を殺す以外の道を、模索し始めていた。
「ごめんね、凛玲、あんなに完璧な情報を送ってくれたのに、失敗してしまって」
「ううん、翠風が失敗するなんて初めてじゃない、よほどすごい相手なんだよ……国のためにも、きっと、失ってはいけない人、なんだと思う」
標的を殺すのを無理だと言う実行人に、標的
が死ぬべきではないと言う請負人。
今まで機械のように人を殺めてきた二人が、初めて人間らしい感情を垣間見せていた。
「私たち、今、言っちゃいけないことを言ってるわね」
「そうだね、暗殺者なのに、おかしいね」
暗殺の失敗は、依頼者との契約に反する。
今回のように大きな任務になれば、手付金を返したからといって、一件落着にはならないだろう。
なんせ標的が皇帝だったのだ、そんな大それたことを頼んだ人間は、暗殺者から情報が漏れるのを危惧するに違いない。
そしてその場合、顔を合わせている請負人が狙われる。
つまり、依頼人をなんとかしなければ、凛玲が危ないということだ。
そんなことは、翠玉も凛玲も重々わかっている。
「大丈夫よ、凛玲……あんたは絶対に守ってみせるから」
任務に失敗したのに、運良く助かった命を、翠玉は凛玲を助けるのに役立てたいと思った。
翠玉の台詞に、凛玲の胸の内が熱くなる。
自身も人間だったのだと感じる瞬間だ。
二人は会うのはずいぶん久しぶりだが、手紙のやり取りはしていた。
根城を持たない韻は、固定の住所がない。なので、翠玉からの手紙で、この時期にはここにいると、その都度、居場所を書いて教えていた。
もちろん後宮の検閲に引っかからないよう、すべて隠語で書いてある。暗殺依頼も同じだ。
翠玉は凛玲に、安心させるように微笑みかけた。
「ねえ、凛玲、なにか食べ物を用意してもらうことって、できるの?」
「えっ? う、うん、もちろんできるよ」
「私、実は朝からなにも食べてないのよね、それどころじゃなくて」
衣の上から腹部を摩る仕草をする翠玉に、目を丸くして驚く凛玲。
「ええっ、そうだったの? それはお腹空くよねぇ」
「ふふ、うん、凛玲の顔を見たら、ちょっと安心してお腹空いてきちゃった、とびきり甘いものをお願い」
悪戯っ子のようにねだる翠玉に、凛玲の緊張が解れる。
そしてそれは、翠玉も同じだった。
「はいっ、お任せくださいませ、皇妃様」
立ち上がって背筋を伸ばし、満面の笑みを浮かべる凛玲。
殺伐とした環境の中で、二人だけは妙に馬が合った。
だから翠玉も凛玲も、互いの無事を願っていた。唯一の、友のことを――。
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