「それで通るなんて、さすがね」

「普段から女官や宦官たちには気配りしてるからねー、じゃなきゃ宮中の情報をいち早く察知できないもん」


 請負人は、客になる人間を探しているため、常に周りに目を光らせている。

 人間の行動から精神状態の推測を立て、暗殺者を必要としている者を選別するのだ。

 だからちょっとした世間話や、噂話などの情報収集も欠かせない。

 凛玲はそれを心得ている。

 おっとりしているように見えて、熟練の請負人なのだ。

 

「それにしてもずいぶん豪華な屋敷をいただいたね」

「……自分を殺しに来た相手を側室にするなんて、この国は大丈夫なのかしら?」


 率直な意見を言う翠玉に、凛玲はあははっと笑った。


「大丈夫だと思うよ、あたしは女官として勤めてるから、陛下と直接話すなんてことはないけど、周りの評判はすこぶるいいし。先祖返りの明君って呼ばれてるよ」

「先祖返り?」

「うん、明君って呼ばれてた初代皇帝が、今の陛下と同じ、赤い髪と瞳をしてたらしいよ」

「なるほど、だから先祖返りね」


 凛玲は宮廷専用の請負人だ。皇妃ではなく、女官として入り込んでいるのは、目立たないためと、身軽に動くためである。

 長年勤める凛玲が言うのだから、暁嵐の明君ぶりは確かだろう。問題なのは――。

 

「……だけど、その明君を、消そうとした奴がいるってことよね」


 翠玉の言葉に、凛玲のにこやかな表情が固まった。

 柔らかだった空気がひやりと凍る。


「……やっぱり、それが誰かは、言えないんでしょ?」


 無理だとわかった上で聞いた翠玉に、凛玲は口を閉じて目を伏せた。

 そう、凛玲はあくまで請負人で、依頼人ではない。

 そして、その依頼人を知っているのは玲凛だけである。

 つまり、翠玉は暁嵐――皇帝暗殺を企てた人物を知らない。

 だから暁嵐に誰に頼まれか聞かれた時、答えることは不可能だったのだ。


「……お互い、どうしようもないわね、この染みついた戒めは……」


 どこか寂しげに呟く翠玉に、俯いたまま黙っている凛玲。

 請負人は、依頼人のことを話せない。そういうふうになっている。

 暗殺家系の英才教育の賜物だろう。凛玲、そして翠玉も、戒めとともに生きているのだ。

 

「だけど、このままじゃいられないことはわかってる」


 凛玲はそう言って顔を上げた。

 依頼を受けた以上、任務を遂行する義務が生じる。

 しかし、暁嵐は生きているのだ。

 それは、翠玉と凛玲の暗殺の失敗を意味する。

 

「……もう一度、実行できそう?」


 凛玲にそう聞かれた瞬間、翠玉の脳裏に暁嵐の顔がよぎった。

 凛玲の質問はもっともなのに、翠玉はすぐに反応ができなかった。

 暁嵐を殺す――。

 そのために来たはずなのに、一体なにを躊躇うのか。

 翠玉は自問してみるものの、まだ答えは出そうにない。

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