二
「それで通るなんて、さすがね」
「普段から女官や宦官たちには気配りしてるからねー、じゃなきゃ宮中の情報をいち早く察知できないもん」
請負人は、客になる人間を探しているため、常に周りに目を光らせている。
人間の行動から精神状態の推測を立て、暗殺者を必要としている者を選別するのだ。
だからちょっとした世間話や、噂話などの情報収集も欠かせない。
凛玲はそれを心得ている。
おっとりしているように見えて、熟練の請負人なのだ。
「それにしてもずいぶん豪華な屋敷をいただいたね」
「……自分を殺しに来た相手を側室にするなんて、この国は大丈夫なのかしら?」
率直な意見を言う翠玉に、凛玲はあははっと笑った。
「大丈夫だと思うよ、あたしは女官として勤めてるから、陛下と直接話すなんてことはないけど、周りの評判はすこぶるいいし。先祖返りの明君って呼ばれてるよ」
「先祖返り?」
「うん、明君って呼ばれてた初代皇帝が、今の陛下と同じ、赤い髪と瞳をしてたらしいよ」
「なるほど、だから先祖返りね」
凛玲は宮廷専用の請負人だ。皇妃ではなく、女官として入り込んでいるのは、目立たないためと、身軽に動くためである。
長年勤める凛玲が言うのだから、暁嵐の明君ぶりは確かだろう。問題なのは――。
「……だけど、その明君を、消そうとした奴がいるってことよね」
翠玉の言葉に、凛玲のにこやかな表情が固まった。
柔らかだった空気がひやりと凍る。
「……やっぱり、それが誰かは、言えないんでしょ?」
無理だとわかった上で聞いた翠玉に、凛玲は口を閉じて目を伏せた。
そう、凛玲はあくまで請負人で、依頼人ではない。
そして、その依頼人を知っているのは玲凛だけである。
つまり、翠玉は暁嵐――皇帝暗殺を企てた人物を知らない。
だから暁嵐に誰に頼まれか聞かれた時、答えることは不可能だったのだ。
「……お互い、どうしようもないわね、この染みついた戒めは……」
どこか寂しげに呟く翠玉に、俯いたまま黙っている凛玲。
請負人は、依頼人のことを話せない。そういうふうになっている。
暗殺家系の英才教育の賜物だろう。凛玲、そして翠玉も、戒めとともに生きているのだ。
「だけど、このままじゃいられないことはわかってる」
凛玲はそう言って顔を上げた。
依頼を受けた以上、任務を遂行する義務が生じる。
しかし、暁嵐は生きているのだ。
それは、翠玉と凛玲の暗殺の失敗を意味する。
「……もう一度、実行できそう?」
凛玲にそう聞かれた瞬間、翠玉の脳裏に暁嵐の顔がよぎった。
凛玲の質問はもっともなのに、翠玉はすぐに反応ができなかった。
暁嵐を殺す――。
そのために来たはずなのに、一体なにを躊躇うのか。
翠玉は自問してみるものの、まだ答えは出そうにない。
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