三、翠玉の友

 一人残された翠玉は、屋敷を振り返ると、金縁の扉の取手を持って手前に引いた。

 キィと高い音が鳴り、徐々に中の様子が明らかになる。

 奥行きからして広い部屋だとわかる。

 だが、屋敷自体よりも、翠玉の目を奪うものがあった。

 扉を開ききった時、室内の端に一つの人影を見つけたのだ。

 深緑の帳に囲まれた寝台、その横にある丸い机を、丁寧に布で拭く人物。

 外からの気配に気づいた彼女は、手を止めると扉の方を振り向いた。

 扉の前で立ち止まる翠玉と、机のそばで動きを止める彼女の目が合う。

 一瞬、時が止まったかのような沈黙の後、二人の表情が徐々に解れ始めた。


「凛玲……!」


 翠玉は取っ手を離し、彼女の元に駆け寄る。


「翠玉……!」


 凛玲もまた、布巾を手放して、翠玉に駆け寄った。

 そして互いに両手のひらを合わせると、絡めるように指を繋いだ。


「久しぶりね、元気にしてた?」

「この通り、元気だよ、翠玉もなんともなくてよかった」


 そう言って二人はしばらく、互いの存在を確認するように見つめ合った。

 翠玉の瞳に映った凛玲は、子供の頃と同じ素朴な顔つきをしている。

 太目の眉に、円な瞳。女官らしく髪を上げているが、前髪は少し出ていて可愛い。

 彼女こそが翠玉の旧友、兼、今回の任務の相棒、ズー凛玲であった。

 翠玉が後宮に入れば会えるのではと期待し、探していた人物である。

 しばしの再会を堪能した後、翠玉はハッとして口を開いた。


「そうだわ、今の私は、翠風ってことになってるの」

「あっ、そうだったね、あたしも翠風って呼んだ方がいいね」


 二人は手を離すと、どちらからともなく丸い机に歩み寄る。

 そして机を挟んで、対面する形で椅子に腰を下ろした。


「知ってたの?」

「もちろんだよ、だって……昨日辺り実行するって手紙に書いてたでしょ?」


 凛玲はやや前のめりになって、小さな声で話し出す。


「なのに、今朝になっても陛下はご存命だし、変だなって思ってたら、急遽後宮入りする娘が来たとか聞いて……それもずいぶん見目麗しいって噂だったし、その上名前も翠風なんて……これは絶対翠玉だってピンときたわけ。だからあたしがお付きの女官に立候補したの」


 翠玉が女官の顔を気にしていたのは、凛玲を探していたからだ。

 凛玲は暗殺の依頼を受ける、請負人、翠玉はその依頼を託される、実行人。

 だから凛玲の名を出したりして、あからさまに探すことはできなかった。

 凛玲が仲間であることが暁嵐側にバレれば、凛玲が捕えられるとわかっていたからだ。

 そのため、凛玲から行動を起こしてくれたことに、翠玉は感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る