十一

「わ、私は責任感が強いので……皇妃になったからには、勤めを果たそうと思っているだけです!」


 翠玉は少し早口になりながら、フンとソッポを向いた。

 暁嵐はそんな彼女が、可愛くて可愛くて仕方がない。

 そしてそう思うと、身体が勝手に翠玉を抱きしめる。


「なんとも愛しい奴じゃ、勤めなど放り出して、一日中睦み合うていたい」

「その発言って、皇帝としてどうなの……」

「お前しか聞いておらぬゆえ、かまわんじゃろ」


 器が広いくせに、子供じみた一面もある。

 ――困った皇帝様だこと……。

 翠玉が胸の内でそう呟いた時、とてつもない勢いでやって来る蹄の音がした。

 パッとそちらを振り向くと、すでに襲来者はすぐそばまで迫っていた。

 翠玉と暁嵐の前で留まったのは、大きな黒い馬に跨った宦官だった。


「陛下……なぜ私がここまで来たのか、おわかりですな……?」


 ゴゴゴと地響きが鳴っているように感じる。そう錯覚するほど、司馬宇が怒っているのがわかる。

 表情自体にあまり変化はないが、馬の上からでも、こめかみに血管が浮き出ているのが見えた。

 しかし、肝心な暁嵐に反省の色がないため、緊張感が生まれない。

 神経質な臣下に、おおらかすぎるあるじ

 ――あーあ、もう、司馬宇まで馬で来ちゃったじゃない、司馬宇だけに。

 聡い翠玉の脳が、思わずおかしなことを考えてしまう。それほどまでに、対照的な二人の様子は珍妙だった。


「わかっておる、今向かおうとしておったのじゃ」

「早くしてくだされ、馬でないと間に合いませんぞ」

「わしの愛馬なのじゃ、遅れるはずがない、のお、紅魁?」

「ブルルン!」


 翠玉から離れた暁嵐は、紅魁の頭を撫でた。すると、紅魁は嬉しそうに鼻を鳴らして返事をする。

 どうやら暁嵐という男は、人間だけでなく、馬までたらし込むようだ。

 暁嵐は慣れた手つきで紅魁に乗ると、こちらを見上げる翠玉を目にした。


「中に翠風付きの女官を用意しておる、雑用などなんでも任せるがよい」

「わかりました」

「寛いで過ごせ、またの、翠風、なにかあればわしに報告するのじゃぞ」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 胸の前で両手を重ね、お辞儀をする翠玉を見ると、暁嵐は紅魁を走らせ、颯爽と去っていった。

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