「そうか、ならばわしが指南してやろう」

「けっこうです、一人で乗れますから」

「まあ、そう言うでない」


 暁嵐は翠玉の手を引くと、先に紅魁に乗せ、自身はその後に続いた。

 結果、暁嵐が前に乗った翠玉を、包むような形になった。


「よう我慢しておるな、あれほど身軽なのじゃ、身体が勝手に動きそうなものを」

「できる女は切り替えも上手いものよ」


 他の誰にも聞こえない距離になると、翠玉は小さく、得意げに言ってみせた。

 背後をチラリと見る、翠玉の流し目が艶かしく、暁嵐は高まった。


「ははっ、違いない」

「ちょっと陛下、勝手に行かんでください! 私も一緒に――」

「行け、紅魁!」

「ヒヒーン!」


 司馬宇が止めるのを聞かず、暁嵐は翠玉とともに紅魁で出発した。


 開かれた門を通過し、後宮の石畳みを駆け抜ける。

 いくら宮中が広いからといって、馬で走っている者は誰もいない。

 当然、こんな特別なことが許されるのは、暁嵐くらいだろう。

 女官や宦官たちの視線を攫いながら、暁嵐は後宮の奥の方へと向かう。

 長屋のような女官たちの住処と、下級皇妃の小さな家屋を越え、やがて静かな敷地に出る。

 これまでの場所とは雰囲気が違う。

 人通りが少ない道沿いに、独立した屋敷がいくつも並んでいた。


「着いたぞ、ここじゃ」


 暁嵐は馬から降りると、翠玉の手を取り、地上に導いた。

 翠玉が降り立ったのは、深緑の屋根をした、平らな建物の前。

 女官たちの雑魚部屋とは、比べものにならない立派な屋敷だ。


「なんか……大きくない、ですか……?」

「そうじゃな、五段の皇妃が使っておった屋敷ゆえ、それなりの広さはある」


 聞き慣れない言葉に、翠玉は隣に立つ暁嵐を見上げた。


「五段とは、なんなのです?」

「皇妃に与えられておる位のことじゃ。上が一段から五段、その下が一級から十級まである。上になればなるほど、地位が高く、数は少ない」

「なら……五段というのは、級を飛ばしているのでは?」

「飲み込みが早いの、その通りじゃ」


 あっさり認める暁嵐に、ええ……と言いたくなる翠玉。

 一級から十級までの段階をすっ飛ばして、いきなり五段に割り込むなど、飛び級もいいところである。

 後宮入りしても、一級のまま終わる女もいるというのに、翠玉は間違いなく特別待遇だった。

 後宮事情に詳しくない翠玉でも、そこまで優遇されてよいものかと躊躇する。

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