六
「おまけに見た目も精悍で、体格も整っていらっしゃる……女性から引く手数多だと噂に聞いていましたが、これでは目の肥えた婦人も夢中になるはずです」
暁嵐が女好きであることを思い出した翠玉は、これを利用しない手はないと考えた。
わざわざ綺麗な寝室に運ぶくらいだ、最初からその気だったのだろう。
ならば、まだ好機はあると踏んだ翠玉は、ここぞとばかりに色仕掛けを遂行する。
「……どうせ私は殺されるのでしょう、ならば、最期に思い出をくださいませんか、今まで、暗殺家業でゴミのような人生だった私に――」
同情したくなるような苦労話に、儚げな雰囲気、ねっとりと絡みつくような息遣いで、上目遣いに見上げる。
「皇帝陛下、どうか、私を――」
白い肌を紅潮させ、瞳を潤ませながら切望する。
――どう? たまらないでしょう? 皇帝だって所詮は男。ならば、私に勝機あり。
腹の中で毒づく翠玉に、暁嵐は真剣な顔を向けた。
「……このように美しいおなごが、暗殺者とは信じられぬほどじゃ」
暁嵐はそう言いながら、翠玉に手を伸ばした。
「安心せよ、お前のことは、わしが極楽へ連れていってやる」
翠玉は暁嵐の顔が近づいてくるのを待っていた。
男のやることなんて大体同じ。まずは最初に口づけが来る。だからその時に仕掛けてやるのだと。
しかし、暁嵐の手は翠玉の思い通りには動かなかった。
頬に優しく添えられると読んだはずのそれは、突如、翠玉の口の中に突っ込まれた。
「も、もが……!?」
「ただし、これを捨ててからな」
暁嵐は翠玉の口を右手で開き、左手で奥歯に光る棘のようなものを取り出した。
口づけすればプスリと一発、猛毒を仕込んだ棘を舌にお見舞いしてやる。そんな翠玉の計画はあえなく潰えた。
「な、な、なんで!?」
「上手い話には裏があるからの、そんな都合よくわしに惚れるはずがなかろう」
棘状の道具をポンとその辺に放る暁嵐に、翠玉の苛立ちが爆発する。
「ハァ!? なによそれっ、男なんて自惚れが強くてバカなもんでしょ、大人しくこの翠玉様にやられなさいよ!」
「ほう、翠玉というのか」
勢いで本名を口走ってしまった翠玉は、グッと言葉に詰まった。
もはや取り繕うこともしなくなった翠玉は、無駄な抵抗とわかっていながら両手を振り上げる。が、当然手枷がビーンと伸びるだけで、自由は利かない。
そんな翠玉の様子を、それはもう愉しげに眺める暁嵐。
やがて彼は身を乗り出し、翠玉の顎を強く掴んだ。
「見目に相応しい名じゃな、翠玉」
翠玉の目前に迫る真紅の瞳。
それが翠玉には、チカチカと熱を帯びて輝いているように見えた。
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