三
瞬間、目にも止まらぬ速さで標的に近づく。
そして翠玉が懐から出した短刀が、後少しで標的の首に届こうかという時だった。
――キンッ!
突如、翠玉の視界に飛び込んできた、銀色の長い刀。
自身の刃を阻まれたと気づいた翠玉は、身体を翻し、地面を蹴ってやや距離を取る。
すると、皇帝のそばに、一人の体格のいい男がいることがわかった。
黒の腰帯に、橙色のゆったりとした衣を纏っている。短く切られた黒髪に、三白眼の強面だ。
――ああ、もしかしてコイツが……。
翠玉は、ふと、凛玲の手紙を思い出した。
今の皇帝には、懐刀のような男がいると。
だが、所詮は宦官、戦闘に長けてはいないだろうと、大して気にしていなかったのだ。
――まさか離れたところにもう一人連れていたなんて。用心深い皇帝様だこと。
翠玉はそう思いながらも、冷静さを保ったまま、相手の隙を見て仕掛ける。
「一体、何者だ、どうやってここまで辿り着いた」
三白眼の宦官が、翠玉に問いながら攻めてくる。
刃と刃がぶつかり合う、激しい攻防戦が繰り広げられる。
重心を操り、巧みに攻撃をかわす翠玉だったが、長さで勝る宦官の刀が、ついに正面から振り下ろされた。
頭上に両手で支えた短刀を出し、宦官の刀を受け止める翠玉。
グッと力をかけられるほど、翠玉の膝が震え、腰が沈む。
と、見た目は劣勢な翠玉だったが、やはりその内は冷静である。
――へえ、少し力に頼りがちなの……それなら。
相手の弱点を見破った翠玉は、一気に力を抜き揃えた足を滑らせる。
途端、力の支えをなくした宦官は、身体の安定を崩した。
翠玉が目指したのは、宦官の股座。
力を入れる時は誰しも、腰を落として、足を開くもの。
だから翠玉は、そこを狙ったのだ。
華奢な身体は、宦官の股座を滑り抜ける。
翠玉は背中を逸らし、短刀を捨てた両手を地面につけ、ありったけの力で押した。
右足、靴の先に、毒の塗った刃を出現させ、二人の戦いを傍観していた君主に迫る。
「お命、頂戴」
――仕留めた。
そう確信し、思わずこぼれた台詞。
しかし、翠玉の凶器は、空を切った。
翠玉の足先に光る刃を、標的が寸前のところでかわしたのだ。
喉元を抉る感触はなく、翠玉は足を上にした状態のまま、宙に浮いた。
――ハ?
なにが起きたかわからなかった翠玉の目には、その場面が非常にゆっくりと映った。
「残念じゃったな」
背中に重い一撃を受けた翠玉は、霞みゆく意識の中で、弧を描く赤い瞳を見た。
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