木の上に身を潜めてほどなく、翠玉の推測は、現実のものとなる。

 数人の気配と足音を察知した翠玉は、いっそう身体を縮め、緑の葉と細い枝に同化するように殺気を消した。

 息を潜め、一番そばに来る瞬間を待つ。

 やがて翠玉の目に映る、小さな家のような形をした乗り物。

 金色の飾りをつけた紅色の輿が、翠玉のいる木の下の方にやって来た。

 こんな夜更けに、輿に乗って後宮に来るなんて、そんな人物は一人しかいないだろう。

 だが、翠玉は慎重だった。

 標的を間違えたなどと、暗殺者にあるまじき失敗をしないため、まずは足止めを行う。

 胸元から出したのは、丸い桃色をした飴玉のようなもの。

 翠玉はそれを、輿に向けて軽く落とすように投げた。

 すると、その道具は輿の天井に当たるなり、濃い桃色の煙を放出し始めた。


「なっ、なんだこれは……!?」


 輿の四隅を持っていた宦官たちは、皆そんなことを言いながら狼狽する。

 咄嗟に口を塞ごうにも、輿に手を使っていたため、間に合わない。

 混乱しながらも輿を落とさないよう、地面に持ち手を置いた辺りで、次々と倒れてゆく。

 輿を大切に扱う様から、いかに身分の高い者が乗っているか推測される。

 やがて桃色の煙幕が収まった頃、輿がカタンと音を立てた。


「どうした、なにがあったのじゃ」


 突然の異変に、中にいた人物が姿を現す。

 輿に手をかけ、地面に降り立ったのは、翠玉の標的に他ならなかった。

 木の上からは、顔までは見えない。

 だが、夜空の下でもわかるほど、珍しい髪色が視界に入ったのだ。

 まさに太陽の化身のようなお方――燃えるような赤い長髪が背中を覆っている。

 ――わかりやすくて嬉しいわ。

 クスリ、黒い布の下で微笑んだ翠玉は、ついに標的に狙いを定めた。

 左手で木の枝を掴むと、身体を斜めにし、両足を木の幹につける。

 そして右手を懐に忍ばせると、膝を限界まで曲げ、目を光らせる。

 その姿は、野生の獣のごとく。

 ――ごめんなさいね、別にあなたに恨みはないんだけど。

 形だけの謝罪文だけ頭に並べると、翠玉は木の幹を思いきり両足で蹴った。

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