第26話 中山君には好きな人がいる


『良い感じに収まって良かったな、田中さん』

『ッ!?』


 ぼんやりとする頭で親子が離れていくのを呆然と眺めていると、中山君から声を掛けられた私は思わず心臓が飛び出るかと思いました。

 少し離れた場所にいると分かっていたのに。

 まるで盛大なドッキリを喰らったかのような錯覚してしまうほどに、胸がドキドキしています。


『そ、そうですかね?』


 私は何とか必死に取り繕いながらも中山君に応えます。

 

『なんか不満気だな?』


 けれど、その際私の顔が晴れていなかったらしく中山君から探るような目を向けられました。

 やっぱり中山君は私のことを良く見ている。

 そう。私は不安なのです。

 中山君と休日に出会って助けてもらっているこの状況が夢なのではないか?と。

 もし夢じゃないのなら私には身に余り過ぎる。

 一生分の幸運を使ってしまったのではないかと不安で不安で仕方ない。

 けれど、こんなことを素直に言えるはずもなく私は遠回しに『えっと、その、はい。ちょっとだけ。私だけがこんなに得をしていいのかなと』と言うのが精一杯でした。


『いいも何も田中さんは被害者なんだから当然だろ

『そうです、ね』


 となれば、すれ違いが起きるのは当然です。

 だって中山君はエスパーではないのですから。

 商品券の方を見ながら呆れた顔をする中山君に、曖昧な笑みを返す事しか出来ませんでした。

 そんな私を見て中山君は表情そのままに一度大きく息を吐くと、どうしたものかと明後日の方に視線を飛ばされています。

 私は中山君を困らせてしまっていることで申し訳なさをさらに募らせていると、突然彼が口を開きました。


『まぁ、それでも納得出来ないってのなら日頃の行いの良さが出たとでも思ったらいいんじゃね?昨日、掃除当番じゃないのに俺の掃除手伝ってくれたし。あれ、めっちゃ助かった。ありがとな』


 私の方を真っ直ぐに見つめ、少しだけ気恥ずかしそうにはにかみながら中山君はお礼を言ってきたのです。

 既に昨日受け取ったはずのお礼を改めてもう一度。

 けれど、それは前回のように感謝の気持ちを伝えるためのものではなく、私が今の状況を受け入れられるよう励ますためのもの。

 私を見て、私のことを考えて、私のためを思って考えた言葉。

 このことを理解した瞬間、落ち着いてきたはずの鼓動が再び暴れ出すのを感じました。

 嬉しい。

 顔が熱い。

 嬉しい嬉しい。

 顔がニヤける。

 嬉しい嬉しい嬉しい。

 中山君の顔が直視出来ない。

 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。

 でもでも、やっぱり今の顔を見られるのは恥ずかしい。

 私はだらしのなく緩んだ顔を中山君から見えないように背け、『あ、ありがとうございます』と羞恥心を髪の毛を弄ることで誤魔化しながら何とか返事をするのでした。


 

『あの、聞きそびれていたのですが中山君は何でここに?』


 熱が全て取れないまでも緩んでいた顔が引き締まったところで、沈黙を嫌った私は中山君にショッピングモールにいる理由を尋ねました。


『そういえば言ってなかったっか?俺は母さんの誕生日が近いからなんか良いものがないか探しに来た感じ』


 すると、なんと中山君は私と同じように家族のプレゼントを探しに来たのだそうです。

 

『そうなんですか!奇遇ですね。私の方も実はお姉ちゃんの誕生日が近くてプレゼントを探していたところなんです』


 性別も性格も家族構成もバラバラ。その上、家も離れていて普段の生活園もズレている。

 クラスメイトなこと以外共通点のない二人が同じ目的を持って、同じ場所で出会うなんて奇跡としか言いようがありません。

 だからでしょう。

 

『あの、良ければ一緒に選んでくれませんか?一人だとどうも自信が持てず決めきれなくて』

 

 私がこんな大胆なことをしてしまったのは。

 ついつい舞い上がってしまった私は中山君をプレゼント探しに誘ってしまったのです。

 右手に持っていた商品券を隠しながら。


『……別に構わないぞ』


 誘いの結果はOK。

 中山君は了承してくれました。

 

(もしかして迷惑だったのかな?)


 ですが、返答までに少し間があって私は少し不安になりましたが、それは杞憂でした。


『用事?一応修理に出してる自転車の受け取りがあるくらいで他にはないぞ。おっ、これとかどうだ?ハンドクリーム。結構重宝されるって聞いたぞ』

『ふふっ、それハンドクリームじゃなくて塗り薬ですよ』

『あっ』

『中山君って意外と抜けてるところがあるんですね』


『コーヒーミルだ。しかも自分の手で引くタイプのやつ。使い勝手は悪いんだろうが、かっこいいんだよなぁ』

『分かります。アンティーク感が良いですよね』

『おっ、田中さんも分かってくれるか。じゃあ、もしかしてログハウスとかに魅力とか感じるタイプ?』

『はい!将来住んでみたいなと思うくらいには憧れてます』

『マジか!いいよなぁ、ログハウス。なんて言うか現代の家にはない暖かみがあって』


『母さん、そういえば香水を切らしたとか言ってたな。いつも使ってる奴は……うげっ。一万五千もするのかよ』

『あはは、まぁ良い香水はそれくらいはしますよ』

『そうか。田中さんもこんくらいの値段のやつ使うのか?』

『いいえ。流石に、私が使うのはもう少し安いやつです。高校生ですからそんなに高いものは』

『へぇ〜、じゃあ、値段で差はそんなにないんだな。田中さんの使ってるやつの方が良い匂いするし』

『ッ!?そ、そうですか。ありがとうございます。良ければ教えましょうか?』

『マジ!?頼む教えてくれ』


 だって、中山君は嫌な顔なんか一つもせず、私と一緒に誕生日プレゼントを選びに付き合ってくれたから。

 途中、何度も浮かべた彼の笑顔は心底楽しそうでそれを見ていたら不安なんていつの間にか消えてしまいました。

 ただその代わり、とある問題が浮上しました。


『高いですね』

『高いな』


 それは私達の中々良いプレゼント見つからないこと。

 一応何個か良さそうなものは見つけたのですが、残念なことにそのどれもが予算オーバーだったのです。


(どうしましょう?)


 かれこれ十店舗以上回ったところで、私はどうしたものかと頭を悩ませていれば、スマホで調べ物をしていた中山君が『ん?』と何かを見つけた時のような声を上げました。


『どうしましたか?』


 私は何があったのか尋れば、中山君は『なぁ、これとかどうだ』と言いながらスマホの画面をこちらに向けました。

 そこに映っていたのは透明なガラス瓶に入った花の画像。

 ですが、ただ入っているのではなく透明な液体の中に花だけでなく葉や飾りが沈んでいます。

 

『これは、ハーバーリウムですか?』


 その姿に全く見覚えがなかった私は画面上部にある名前を読むと、中山君がどんなものなのか教えてくれました。

 簡単に言うと、生花をオイルに漬けて長期間保存出来るようにしたお洒落なインテリアだそうです。


『良いですね!これにしましょう』


 綺麗なインテリアとしてだけでなく、花言葉を用いて相手にメッセージを送れるという点が個人的に高評価で私はプレゼントとして送ることを決めました。

 

『手作りと作ってあるやつどっちにする?』

『うーん。せっかくなので手作りがいいです』

『じゃあ、色んな店を回らないとだな』

『はい』


 それから私達は必要な材料を揃えるためモール内を巡り、最後にモール外にある花屋へ向かいました。

 

『う〜ん?迷いますね』

『赤と黄色のを一本ずつ貰ってもいいですか?』

『はい、かしこまりました』


 店員さんから花言葉を含めたオススメの花を教えてもらい、私がどれにしようか迷っていると中山君の方はすぐに決まったようで店員さんと共に会計へ向かいました。

 私は姿が見えなくなったところで、花に向き直ります。

 

『何しましょうかね?』


 目の前にあるのは親愛の意味を持つと言われるフリージア。

 ですが、フリージアと一口に言っても様々な色があって、ふと色によって違いがあるのか気になった私はスマホで検索してみました。

 すると、色によって意味合いが異なるらしく黄赤が純潔、白があどけなさ、黄が無邪気、紫が憧れの意味を持つようで、どうやら肝心の親愛はどの色も持っているようです。

 個人的には紫がお姉ちゃんに送るなら一番良いのでしょう。

 ですが、お姉ちゃんはあまり紫が好きではないため彼女が好きな色の赤と白に決定。

 スマホを仕舞おうとしたところで、私の目に偶然フリージアではない花が目に入りました。

 

『向日葵はどういう意味があるのでしょう?』


 何となく夏の花というイメージしか持っていなかった私は、中山君と店員さんが戻ってくるまでの暇つぶしとして調べてみました。

 すると、向日葵には情熱、憧れ、という意味を持ち、プロポーズなどで使われることが分かりました。

 今まで見た映画で主人公がヒロインに向日葵を渡していたのはこういうことだったのかと、私が納得していると花を抱えた中山君と店員さんが戻ってきました。


『よし、決めました。店員さん赤と白を一本ずつお願いします』

『はーい』


 私はすぐに店員さんに注文を頼み会計を済ませようと動いたところで、中山君の抱えている花の本数が一本増えていることに気が付きました。

 そのことについて私が尋ねると、中山君は『……別になんでもねぇよ。なんか在庫が余ってるらしくてサービスで貰っただけだ』と返されます。

 その際、何てことのないように言っていた中山君ですが私は違和感を覚えました。

 なんと言うか何かを隠しているような感じ。

 まだまだ中山君とは短い付き合いしかないので間違っているのかもしれません。

 でも、何故かこの時の私には妙な確信がありました。


(中山君好きな人がいるんだ)


 と。

 そう考えた瞬間、ズキリと今まで感じたことのない鈍い痛みが私の胸に走りました。


 

 

 あとがき

 次回で田中さん回終わり。

 面白い、可愛いなど思っていただけたならフォロー、レビュー、コメントなどをしていただけると嬉しいです。

 

 

 

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