第27話 私は中山君のことが好き
『はぁ〜』
茜色の日が差し込む部屋の中。
私は手元に残った商品券を眺めながら、大きく息を吐きました。
(……中山君好きな人がいるんだ)
身体を壁にもたれ掛けながら考えるのは今日のお昼時のこと。
中山君が向日葵の花を買っていた。
言葉にすればたったこれだけのこと。
それなのに私が好きな人がいると考えてしまうのは、中山君の様子が少し変で向日葵がプロポーズ用の花だから。
これっぽちの情報だけで決めつけるのは早計だと言う人もいるでしょう。
でも、私には不思議と腑に落ちて。
何故なら中山君の交友関係は広い。男友達から女友達、先生まで。
沢山の人に関わっている人達の中で、中山君の好みに合う相手がいてもなんらおかしくはありませんし、年頃の男の子に好きな人がいるなんて当然です。
『……そんなことくらい分かってたんですけどね』
そんな当たり前のことを確認しただけなのに、私の心は乱れてしまっていて。
中山君と別れてから数時間が経った今も一向に収まる気配はありません。
チラリと視線を右下に向ければ、私のスマホがメッセージの履歴が何もないチャット欄を表示していて、お相手のところには中山と書かれています。
また、画面の中央には
【いつもお世話になっております。田中純香です。今日は大変お世話になりました。ありがとうございます。ちなみに何ですが向日葵は誰に渡すつもりなのですか?】
という未送信の文章が映っていて、私は思わず右手で目を覆いました。
『……何してるんでしょう、私』
何の許可もなくクラスのグループから勝手に友達追加しようとして、挙げ句の果てには初めてのメッセージで好きな人を尋ねるなんて馬鹿なことをしようとしている。
冷静に考えてあり得ない。
でも、少し前の私はそれをしようとしていた。
この事実が酷く嫌で嫌でたまらなく恥ずかしくて。
私は記憶と左手の感覚だけでスマホを手に取り、メッセージアプリを終了させベッドの上にもう一度落としました。
『はぁ』
私も溜息をした後、続くようにベッドへ身を投げ出しボーッと部屋を眺めます。
どれほどの時間そうしていたでしょう。
一分でしょうか?
五分でしょうか?
十分でしょうか?
一時間でしょうか?
もうよく分かりません。
眠るでもなくただひたすらに私は部屋を眺めていると、不意に勉強机の上に置かれていた黒いハンカチが目に入ったのです。
その瞬間、私の口から
『……嫌だなぁ』
という呟きが漏れ出ました。
『ッ!?』
私は無意識に溢れた自分の言葉に目を見開きすぐに口を塞ぎます。
けれど、出ていってしまった言葉を飲み込むことなど出来るはずもなく、私の頭の中を先程の言葉が反芻してしまうのでした。
それにより、自分の中にあったとある気持ちが理性の制止を振り切り段々と膨れ上がっていきます。
小さなピンポン玉から巨大バルーンにまで、大きく膨らんだ感情によってとうとう私の理性が限界を迎えました。
『……中山君。好きです』
ずっと見ないように、気づかないように、ずっと胸の奥に閉じこめていた想いを私はついに口にしました。
──中山君のことをもっと知りたい。
──中山君のことを下の名前で呼んでみたい。
──中山君に下の名前で呼んでもらいたい。
──中山君にもっと私のことを見て欲しい。
──中山君にもっと優しくされたい。
──中山君ともっと触れ合いたい。
──中山君の匂いをもっと感じたい。
──中山君の側にもっと居たい。
──中山君の側に私以外の人がいて欲しくない。
──中山君の瞳には私だけをずっと映していて欲しい。
すると、抑えていた気持ちがとめどなく溢れ出し、それに付随するように何故か瞳から大粒の雫がベッドに落ちていきます。
『あぁ……。私とっくに手遅れだったんですね』
滲む視界でシミが広がっていくベッドを眺めながら、私は何処か他人事のようにそう呟くのでした。
あとがき
次回が田中さんラストだと言ったな。
それは嘘だ。
後一話か二話くらいかかるぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます