第13話 田中さんに嫌われたかもしれない


 キーンコーンカーンコーン。


「田中さん」

「す、すいません!私ちょっと用事があるので失礼しますね!」

「え?」


 授業終わり俺は田中さんにもう一度お礼を言おうと声を掛けると、彼女は慌てた様子で教室を出て行ってしまう。

 二限が終わったばかりのこの時間に用事があると思っていなかった俺は、予想外の展開に目を丸めることしか出来なかった。

 

(まぁ、用事があるなら仕方ないか)


 田中さんが飲みたいジュースでも奢ってあげようと思っていたのだが。

 まぁ、幸い田中さんの好きな飲み物は席が隣になった時に教えてもらっているので問題ない。

 ちなみに教えてもらったのはミルクティーとぶどうジュース。

 少し前にミルクティーは渡したことがあるので、今回はぶどうジュースが良さそうだ。

 俺は財布を持って教室を出ると「中山君、どこ行くの?」と桃髪美少女の春野に声を掛けられた。


「自販機」

「おっ、奇遇だね。私もちょうど行くとこだったんだ。お供してもいい?」


 俺が行き先を答えると、にぱっと笑みを浮かべ財布をポッケから取り出す春野。

 メインヒロイン補正なのか謎にキラキラして見えるこれが8Kの実力か。

 だが、残念だったな。

 田中さんは8Kを超えて32Kだ。

 普段から超美麗な女の子を見ている俺には効かないぜ。


「俺は別に構わないが。いいのか?」

「何が?」

「俺と一緒にいて海星に勘違いされないかってこと」


 そんなわけで俺は別に何とも思わないのだが、他がそうではない可能性がある。

 俺の影響で海星達のストーリーに変化を与えて面倒なことになっては困るからな。

 特に、田中さんが海星の毒牙に掛かるとか最悪だ。

 俺は遠回しにヒロインレースへ影響はないのかと尋ねると春野は「大丈夫大丈夫」と快活に肩を叩いてくる。


「海星は私と中山君が友達なことは知ってるしね。……後、私のキャラ的に誰と一緒にいても可笑しくないからあんまり気にされてないっぽいし」

「まぁ……その、ドンマイ」 


 しかし、春野口から語られたのは恋する女の子とは複雑なもので。

 気まずい空気が俺達の間で流れる。

 すぐさま空気を入れ替えるべく俺が「買いに行くか」と声を掛ければ、「うん」と春野から短い返事が返ってきて。

 俺達は一階の自販機に向かってややぎこちない足取りで歩き出した。


「そういえばさ。中山君の好きな人って田中さん?」

「っ!?っとと!」


 人気の少ない階段を二段飛ばしで降りていると、何の脈絡もなく春野が爆弾を投げてきて回避出来なかった俺はその場につんのめり危うく落ちかける。

 

「き、急になんて言うこと言うんだ?危ねぇだろ」

「いや、ごめんごめん。今日の朝のことを思い出してさ。中山君がブチギレた理由を何となく考えてたらさっきの答えが出てきちゃって、つい。ふーん、でも、その反応を見るに図星っぽいね〜」


 俺が落ちかけたのを見て初めは申し訳無さそうにしていた春野だったが、途中から一転。

 ニヤニヤとした意地の悪い者に変わった。


「はぁ〜!ち、ちげぇし!」


 完全にバレている。

 頭ではそう分かっているのだが、そう簡単に認められないのが男心。

 必死の否定を試みたが、自分でも分かるくらい狼狽えてしまって墓穴を掘っていることは誰の目から見ても明確だった。


「……最悪だ」


 耐えきれなくなった俺はその場で項垂れる。

 そんな俺を春野は「まぁ〜まぁ〜。そう落ち込むことないさ若人よ。この恋愛マスターの私が君の恋を助けてあげよう」と煽ってきた。


「……何が恋愛マスターだ。十年物の拗らせ女のアドバイスなんかいるかよ」

「はい、ぷっつんきた!ライン超え!人が親切で言っているのに中山君サイテー」

「事実を言ってなにが悪い!お前の助言を聞いても何の役に立たんわ!」


 そこから売り言葉に買い言葉。

 春野の態度に苛ついた俺があえて彼女の地雷を踏み、喧嘩に勃発。

 だが、俺はいくら怒っていても女は殴らない男(田中さんに又聞きされて怖がれるのが嫌だから自重してるだけ)。

 前回と同じように襲いかかってくる春野に背を向け全力疾走。

 唐突に始まった二人だけの鬼ごっこは春野の体力が尽きるまで続き、校舎近くの自販機に戻るとまた襲い掛かれると危惧した俺は部活棟の近くに置かれているもう一つの自販機の方へ向かった。


「あれ?田中さん何でここに?」

「な、中山くん!?」


 この時間帯なら誰もいないと思ったのだが、何と先客に遭遇。

 自販機の横でチビチビとミルクティーに口をつけていたのはまさかの田中さんだった。

 何故吹奏楽部の彼女が運動部の部活棟にいるのか?

 俺の頭の中を疑問が渦巻いたが、すぐにお礼をするチャンスだと思いジュースを買うため自販機に近づく。

 そんな俺を田中さんは何故かその場で固まったまま目だけで追ってくる。

 好きな人からずっと見つめられるのは、非常に緊張するので止めて欲しいのだが俺は何とか我慢してお金を投入。

 ぶどうジュースを購入した。


「あのさ、これ。教科書のお礼」

「あ、ありがとうございます。あの、不躾で申し訳ないのですが、そこに置いておいてもらえますか?」


 自販機から取り出してすぐ、俺がジュースを差し出すと田中さんは受け取ろうとせずその場に置くよう指示された。

 

(もし、かして、俺に触られるのが、嫌なのか?ぁぁぁぁーー!これ絶対嫌われたーー!終わったーーーー!)


「……分かった」


 この反応は間違いなく田中さんに嫌われている。

 手が触れた時に教科書を落としたのも、授業終わりに逃げるように飛び出したのも俺が嫌われていると言われれば納得がつく。

 俺は心の中で阿鼻叫喚しながらも、それはちっぽけな男のプライドで表に出さないようにしながら言われた通りにジュースを置く。

 そして、失意のまま俺がトボトボと歩き去ろうとすると「あの」と田中さんに呼び止められた。


「なに?」


 まさか、引き止められると思っていなかった俺は目を丸め田中さんの方を向くと、彼女は俺が買ったぶどうジュースのペットボトルをコロコロと両手で遊ばせていた。

 何回かそれを無言で繰り返した後、やがて意を決したように質問してきた。




「中山君はなんでこんな私に優しくしてくれるんですか?」


 


 

あとがき

明日からしばらく田中さん視点話になります


 

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