第12話 田中さんと教科書


「中山って意外と沸点低いタイプだったんだな」

「おい、止めろ。今その話は俺に効く」


 一限が終わったところで、すぐに教室を飛び出し廊下で黄昏ていると友人の町田馬鹿が俺の傷を容赦なく抉ってきた。

 本当にデリカシーの無いやつである。

 友人の縁を切ってやろうかと本気で検討していると「悪い。でも、マジで意外だったからさ」と、町田が謝りながら肩を組んできた。

 鬱陶しい。

 別に跳ね除けてやっても良かったのだが、どうせ町田の気が済むまで絡んでくるのは経験上知っているので、俺は仕方なしに付き合ってやることにした。


「いつもお前は空気を読んで動いてただろ?そんなお前が空気を読まずに怒鳴るとか珍しくてよ」

「……別に俺もしたくてしたわけじゃねぇよ」

「それは女の子にボールが当たりそうになったからか?」

「……ま、まぁな」


 町田と会話をしていると嬉しい収穫が一つあった。

 なんと、周囲に俺が田中さんに好意を持っていることがバレてなかったのである。

 流石に、あんな形での告白とか不本意だしダサ過ぎるから助かった。

 俺は内心で胸を撫で下ろしつつも、『田中さんの名前を叫んだのに何でだ?』と疑問を巡らせていると、その答えは続く町田の発言で明らかとなった。


「流石は『』。お優しいこって」

「おい、何だそのくそダセェ通り名は?初めて聞いたぞ」

 

 突然明らかになったモブには分不相応な通り名。

 今まで一度も聞いたことがなかった俺は、「どうせ適当に付けたんだろ。嘘つくな」と町田に軽く肘鉄を喰らわせる。


「ぐほっ!嘘じゃねぇって、マジマジ。この間、二年の女子で男子のランキング作ったみたいでさ。色々ランキングがあったんだけど、その中の紳士だと思う男ランキングのトップが中山だったんだよ」


 すると、町田は意外なことに真面目なトーンで必死に弁明してきた。

 コイツは嘘をつく時は、決まって声が上擦っているので嘘じゃないということは分かるのだがどうも信用しきれなかった。

 何故なら客観的に見て、漫画に出てくるような紳士ジェントルマンのような気障なことはした覚えが一切ないから。

 また、優雅に女の子を助けたなんて記憶も全くないからだ。


「俺の何処に紳士さがあるんだよ?自分で言うのも何だが口は悪い方だぞ」


 あり得ないだろ俺は町田に同意を求めると、町田は意外なことに「そうでもないと思うけどな」と乗っかってこなかった。

 俺はどういうことだと町田の方を向けば、真面目な顔をしていた。


「言動ってよりかは行動だろ。いつもお前しれっと人の手伝いとかしてるし。後は、四季姫関連で俺らがバカ盛り上がりしてる中、中山だけ文化祭とか体育祭の仕事を黙々としてたりしてたじゃん。それが評価されてんだよ」

「別に大したことしてねぇじゃん。後、イベント関連についてはお前らがサボって女子からの印象が悪くなっただけだろ」

「ハッ!たしかに」


 自分でも気付かない何かがあるのかと思って最後まで聞いた俺が馬鹿だった。

 ただ単に他の男子が馬鹿すぎて相対的に普通な俺の評価が上がってるだけじゃねぇか!

 これじゃ、別にランキングトップとか相応しいとか言われても全然嬉しくねぇ!


「これからはもう少し周りの迷惑も考えろよ」

「そ、そうだな。中山の話を聞いてマジでそう思ったわ」


 俺のアドバイスを聞いてコクコクと首を縦に振る町田。

 この様子を見るにかなり自分が馬鹿なことをしていたのか理解したらしい。

 これを機にもうちょっと周りの男子がマトモになってくれることを祈りつつ、「悪い、ちょっとトイレ」と言って俺はその場を離れた。

 実は今日朝から一度も行ってなかったのを思い出したのである。


「ねぇ」

「ん?」


 トイレの近くまで来たところで女子に声を掛けられた。

 声のした方を向くとそこには何と四季姫の冬空冷乃が。

 

「なんか用?」


 まさか、男嫌いの冬空から話しかけられると思っておらず恐る恐る要件を尋ねる。


「えっと……」


 すると、冬空は普段の堂々とした態度とは打って変わって、挙動不審になり視線を右往左往させる。

 海星相手になら好きな男にどう接すれば良いのか分からないのだと分かるのだが、俺はモブでその上今日人生初めて冬空とは会話しているので何を考えているのかさっぱり分からない。

 俺はしばし黙って冬空の様子を伺っていると、彼女はやがて覚悟を決めたかのように息を吐き「ありがとう」と言ってスタスタと歩き去ってしまった。


「?よう分からん奴だな」


 主語がないせいで最後まで何のことについてお礼を言っているのか分からなかった。

 だが、何となく悪感情を持たれているわけでも無さそうなので俺は深く考えるのを止め、とりあえずトイレで用を足すのだった。



「あっ、やべ。教科書忘れた」


 トイレを済ませ教室に戻った俺は、次の授業の準備をしているといつもあるはずの場所に教科書が無いことに気が付いた。

 何故ないのか記憶を辿ってみると、三日前に課題をするために持って帰っていたのを思い出す。


「まぁ、何とかなるか」


 誰かに盗られたわけでもなく完全な自業自得。

 今更取りに戻ることも出来ないため、俺は素直に諦め教師に当てられないことを祈りながら席に着いた。


 数十分後。


「じゃあ、中山君。教科書の四十八ページのところ読んでくれる?」

「は、はい」


 俺の祈りも虚しく先生に当てられてしまった。

 何故こういう時に限っていつも当てられるのだろうか?

 一応教科書を借りようとはしたのだが、今日に限って俺以外のやつも忘れておりそいつが予備を持っていったせいで手元にない。

 

(素直に怒られるか)


 まぁ、こればっかりは仕方ない。

 そもそも俺が教科書を忘れて、そのことを申告するのを日和ったのが悪いのだ。

 

「すい──」

「中山君、ここ」


 俺が先生に謝ろうとした時、田中さんが教科書をひっそりと置いてくれた。

 しかも、ご丁寧に指定されたところを指差しまでして。

 ここまでされて教科書を忘れたことを言うのは忍びない。


「動物の嗅覚とは────」


 俺は田中さんの善意に甘えて、教科書を音読し何とかその場を乗り切ることが出来た。


「……ふぅ。田中さんありがとな」

「……いえいえ。これくらいは。困った時はお互い様ですよ」


 椅子に腰を下ろしてすぐ俺は田中さんにお礼を言うと、彼女は嬉しそうに頬を緩めた。

 可愛い。

 その笑顔に心を浄化されること暫く、顔を前に戻すと田中さんの教科書が俺の机の上に置かれたままなことを気が付く。

 

「……あっ、これ返すな」

「……はい」


 俺はすぐに田中さんに教科書を差し出し、田中さんが受け取ろうとしたところで指が微かに触れた。


「ッ〜〜!?」


 その瞬間、田中さんの手が物凄い速度で引っ込んだ。

 結果、持ち主を失った教科書はバタンっと音を鳴らし地面に落下。

 教室にいる全員の視線が田中さんに集まった。


「す、す、す、すいません!」


 すると、何故か元々赤かった田中さんの顔が茹でタコのようにさらに赤くなり、シュバっと目にも止まらぬ速度で教科書を回収するとぺこぺこと頭を下げ謝る。

 俺はその姿を見て本当に申し訳なくなり、この後彼女に何かをお詫びをしようと心に決めるのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る