第11話 田中さんは体温が高い


 突然だが(久しぶり)、女子からの好感度が上がるタイミングはいつだろうか?

 

 ……………。


 あっ、俺男子だからよく分かんねぇわ。

 詰んだ。

 流石に漫画やラノベみたいにヒロインのピンチを格好良く助けたとかなら上がってるなと分かるのだが、残念なことにモブの俺達にはそんなヤバいイベントはない。

 何の問題もなく学校生活を送っている。

 せっかく田中さんともっと距離を詰めようと思ったのに。

 もうちょっとくらい刺激に満ちていてもいいのではないだろうか?

 まぁ、俺達が平凡な生活を送れている代償に海星達がそういったイベントが集中するようになっているのだろうが。


「夏瀬海星!俺と勝負しろーー!」

「えっ!?急に誰ですか──って副会長!」


 現に今日も彼らの周りでイベントが起きている。

 今回は秋月先輩を巡って生徒会副会長との決闘イベント(勿論、秋月先輩非公認)。

 俺が原作改変するような動きをしていないからか、ストーリー通り順調に進んでいるようだ。

 

「おっ、十勝とかち会長と夏瀬がなんか勝負するみたいだぜ?」

「ついにあの忌々しき夏瀬に秋月会長ファンクラブ名誉会長である十勝先輩の鉄槌が下される日が来たか」

「うぉぉぉーー!十勝副会長頑張れーー!」

「男子って本当馬鹿だよねぇ〜」

「ねぇ〜、夏瀬君が負けたからって秋月会長をどうにか出来るわけないのに」

「今日も賑やかだな」

「アハハッ。そうですねー」


 決闘騒ぎに盛り上がる野朗共。

 それと反対に冷めた目で男子を見つめる女子達。

 そんなカオスなクラスの様子を俺と田中さんは少し離れたところで観察していた。


「でも、やっぱり四季姫の方々は凄いですね。あんな熱烈に愛してくれる人がいるなんて」


 先程まで苦笑いを浮かべていた田中さんだったが、十勝副会長の方を見て少し羨ましそうに目を細める。

 まるで、自分には縁遠いものかのように田中さんは思っているようだが、君には四季姫に負けないくらいの魅力で溢れてるからね。

 ソースは俺。

 十勝副会長までとは言わないが、俺も絶賛田中さんにお熱である。


「探せば田中さんにもいそうだけどな」


 けれど、そんなことを馬鹿正直に言ったら引かれかねないので、俺は自分のことは伏せつつ田中さんをフォローする。

 しかし、残念な事に俺の言葉は冗談だと捉えられたようで「そう、だと良いですね」と田中さんは曖昧な笑みを浮かべるのだった。

 女の子とのコミュニケーションって難しい。

 精一杯フォローしたつもりだったが全然好感度が上がった感じがしない件について。

 

「勝負の内容はフリスロー対決だ!先に三本入れた方の勝ち。負けたら夏瀬は二度と秋月会長に近づくな!」

「は?ここでするんですか?」

「そんなわけないだろ馬鹿者!バスケ部は大会を来週に控えているため、ギリギリの時間まで朝練をすることを許されているのだ。今から行けば練習終わりで丁度良い。行くぞ!」

「ちょっ、引っ張らないでくださいよ!うわぁーーーー!」


 俺はどうやったら田中さんをもっと励ますことが出来たのか一人考えていると、気が付けば海星が十勝副会長に連行されていた。

 それに伴い「俺達も見にいこうぜ」、「なんか面白そうだし行ってみない?」と、私怨を燃やす男子と野次馬根性を発動させる女子達がついて行き、教室はもぬけの殻状態に。

 俺と田中さんだけが取り残される。


「俺達も行くか?」

「そ、そうですね」


 まさか、クラスメイト全員が行くと思っていなかった俺と田中さんは顔を引き攣らせ、仕方なく皆んなの後を追うのだった。

 

「ナイス一本!十勝副会長!」

「これで夏瀬が外したら勝ちだ!」

「今度こそ外せー!」


 俺達が体育館に着くと、勝負は既に佳境に差し掛かっていた。

 十勝副会長が三本を決め、今から投げる海星の結果次第でサドンデス勝負になるかどうかというところ。

 まぁ、俺は勝負の結果を知っているので『予定通りだなぁ〜』くらいにしか思わないが、田中さんの方はそうではないようで「お二人とも連続でシュートを決めれるなんて凄いですね」と感心していた。

 くそっ、俺も今からあの勝負に混ざってやろうか。

 別に秋月会長とかどうでも良いけど。

 他の男を田中さんが褒めているのが凄くムカつく。

 ていうか、俺も褒められたい。


「くそぉぉーー夏瀬のやつ決めやがったーー!」

「凄い綺麗に入りましたね」

「そ、そうだな」


 しかし、モブの俺が出しゃばるのは良くないというか、そもそも人として空気が読めてない。 なので、俺は泣く泣く田中さんが海星や十勝副会長が応援しているのに耐えていると、「君達一体何をしてるんだーーーー!」と女性らしい高めの怒声が体育館に響き渡った

 どうやら、ストーリー通り秋月先輩が止めにきたらしい。

 俺はようやくこの地獄から解放されるのかと顔を上げた瞬間、田中さんに向かってボールが迫っているのが見えた。


「へ?」

 は?


(田中さんに何てことしてんだ!クソ副会長!?○ね!)


「チッ。すまん」

「ひゃっ!?」


 俺は秋月先輩の怒声にビビって暴投をした十勝副会長に心の中で呪詛を呟きながら、突然のことに固まっている田中さんの手を思いっきり引っ張った。

 それにより、何とか田中さんにボールの軌道から逃すことに成功。

 ボールは体育館の壁にぶつかり、ガコーンと音を鳴らした。

 地面を跳ねるボールを見て俺は安堵したのも束の間、後少しでも遅れていたら田中さんの顔に当たっていたという事実に血が沸騰してしまう。


「おい!馬鹿副会長!テメェのせいで田中さんが怪我するところだっただろうが!?変なところ投げてんじゃねぇよゴミエイム!」


 結果、内なる怒りを抑えきれなかった俺はモブのくせに十勝副会長を怒鳴りつけた。

 中指を立てるというおまけ付きで。


「す、すまん!」


 予想外の方向から怒声を浴びせられたからだろう。

 十勝副会長はビクビクっと身体を跳ねさせこちらに謝ってきた。


「すまんじゃねぇよ!タコスケ!そもそも朝練終わり間際にコート借りてくるとか迷惑でしかないわ!バスケしてた奴らは早く片付けて、着替えたいのにお前のせいで出来てねぇんだよ!勝負は無効になったんだから、早くテメェ一人で片付けろ!」

「ひゃい!」


 だが、その程度では怒りのボルテージが下がり切らず、俺はさらに怒声を浴びせた。

 そにより十勝副会長は涙目を浮かべながらボール拾いを開始。


「「………………」」

「あっ、やっべ」


 全てを吐き切った俺は満足していると、妙に視線を感じて辺りを見渡すとめちゃくちゃ注目されていた。

 

「さーせんしたっ!」


 完全に場の空気をぶち壊してしまったことを今更理解した俺は勢いよく頭を下げ謝ると、田中さんの手を解きその場から全力で逃げ出した。

 その後、教室に戻った俺は顔を覆って現実逃避をしていると、ある時田中さんの手を握っていた方の手だけ手汗をかいていることに気が付く。

 これはあかん。

 超至近距離で怒鳴って怖がらせてしまった上に、田中さんの腕に手汗がついて不快な思いまでさせてしまった。

 この事実に気が付いた俺はますます凹み、一限が終わるまでずっと机に突っ伏すのだった。



 


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