第9話 田中さんはやっぱり可愛い!


「すいません!修理お願いしていいですか?」

「はい!ちょっと待ってくださいね。後少しで一段落しますんで」


 休日の早朝。

 俺はパンクした自転車を直すべく近くの自転車屋にやって来た。

 正直、田中さんと一緒に登校出来るのなら電車通学に切り替えたかった。

 だが、いきなり替えると家族の目があるし、何より毎月一万近く出費があるのはキツくて泣く泣く断念したのである。


(一応ファミレスでバイトはしているんだが、高校生は働ける時間が限られていて、シフトあんま入れねぇし稼げないんだよなぁ)

「すいません。お待たせしやした」


 新しくもう一つバイトで始めようかなんて考えていると、自転車屋のおじさんがやって来た。

 そして、話を聞いてみると今日は依頼が多く入って終わるのが三時間後くらいになることを知った。

 が、その程度なら全然許容範囲内。


「大丈夫です。適当にその辺で時間潰してくるんでよろしくお願いします」

「ありがとうございやす。一応修理した時の連絡をしたいので電話番号を教えてもらってもいいですかい?」

「うっす」

 

 近場に丁度モールがあるのでそこで時間を潰せばいいと考えた俺は、連絡先を自転車屋のおっさんに教えて店を後にした。

 

「そういえば母さんそろそろ誕生日だったな」


 しばらくショピングモールをぶらついていると、お洒落な雑貨屋の前でふとそんなことを思い出した。

 まだ二週間ほど先の話ではあるが用意しておくに越したことはないし、今日買なくても最悪目星をある程度つけておけば当日に焦らなくて済む。

 財布にいくら入っていたのか確認しながら、俺は雑貨屋に足を踏み入れた。


(この前母さんのマグカップが割れてたから新しいのを買うか?いや、それ系だとタンブラーとかの方が便利か?よくコーヒー作るし、この機会にミルとか買ってみるか?)


 ガシャーン!

 

 予算の五千円以内で何か良いものはないかと店を散策していると、何かが割れた音が聞こえた。


「す、すいません!ウチの子のせいで」

「いえいえ、ちょっと掠っただけですからこれくらいどうってことありませんから。それよりお子さんに怪我はありませんか?」

「う、うん。僕は大丈夫。けど、お姉ちゃんに怪我させちゃだ。ごべん゛な゛さ゛い゛」


 何事かと様子を伺うと、どうやら五歳くらいの子供がマグカップを落としてしまったようで、飛び散った破片が近くにいた茶髪の女性の足に当たり怪我を負わせてしまったらしい。

 

「すいません、箒と塵取り持ってきてもらっていいですか?」

「は、はい!すぐにお持ちします」


 俺はすぐに近くにいた店員さんにして欲しいことを伝えると、彼女も一緒に音を聞いていたお陰ですんなり了承してくれた。

 バックヤードに店員さんの姿が消えたのを確認したところで怪我をした女性の方へ視線を戻す。

 すると、目を少し離した間に女性の足から血が流れており、地面にいくつか垂れているのが見えた。


「本当すいません!すいません!」

「うわぁ゛ーん!」

「いや、本当に大丈夫なので気にしないでください。私は大丈夫だから。よしよし、泣かないで。あっ、店員さんが来ましたよ」

「すいません!お待たせしました。すぐ片付けますね」


 しかし、女性はそれをおくびに出さず怪我をしながら気丈に振る舞っている。


(どこが大丈夫だよ)


 俺は内心で毒づきながら、店員さんと入れ替わるように後ろへ下がった女性に近づく。


「……足、結構血が出てますよ。とりあえずこれで拭いてください」


 そして、近くの親子に聞こないよう小さな声量で声を掛けると、女性は肩をビクリと跳ね上げこちらに振り返り目が合った。


「……えっ?中山君」

「……田中さん!?」


 なんと怪我をした女性は田中さんだった。

 いつもと違って茶色の長い髪を編み込んで一つにしていたせいで、全く気が付けなかったのである。

 まさか、こんな場所で出会うとは思っておらず俺達はお互いの顔を見たまま硬直した。


「と、とりあえず、これで血を拭いた方がいい」


 しかし、すぐに田中さんの足から血が出ていることを思い出し、俺は強引にハンカチを押しつける。


「あ、ありがとうございます」


 田中さんは少しの間ハンカチをポカーンと眺めていた後、やがてお礼を言いながら恥ずかしそうに血を拭った。


「バイバイお姉ちゃん!」

「バイバイ」


 ひっそりと怪我の処置を終えた田中さんは、以降もまるで大した怪我をしていないかのように振る舞った。

 そのおかげで、カップを割ってしまった男の子は早い段階で泣き止み、別れ際の現在無邪気な笑みを浮かべている。

 しかし、母親の方は同じかと言うとそうではない。


「この度は本当にお世話になりました」


 最初から最後まで申し訳なさそうにペコペコと頭を下げていた。

 

「つまらないものですがお詫びの品です」


 おそらく、田中さんの怪我がどれほどのものなのか何となく察していたのだろう。

 母親は田中さんに近づき何かを手渡した。


「商品券?しかも三千円分も!?もらえませんよ!別に私は大したことしてませんから」


 それを受け取った田中さんは驚きで目をまん丸にし、慌てて返そうとした。


「そんなこと言わずに。これは──」

「ッ〜〜!?」


 しかし、母親の方がさらに近づき何かを耳打ちされた途端に一転。

 田中さんの勢いはすっかり無くなり、萎らしくくなってしまった。


「あ、ありがとうございます」

「はい。是非有効活用して頂けると嬉しいです。では、私もこれにて失礼させていただきます」


 その後、田中さんが素直に受け取ったところで母親は子供を連れて雑貨屋を出て行った。

 

「良い感じに収まって良かったな、田中さん」


 俺はそれを確認したところで田中さんに声を掛けると、彼女はまたびっく!っと肩を大きく跳ね上げた。


「そ、そうですかね?」


 若干挙動不審になりながら、こちらを振り向く田中さん。

 その顔はすっきりしているというよりも何処か納得していなさそなもので、気になった俺は「なんか不満気だな?」と理由を尋ねた。


「えっと、その、はい。ちょっとだけ。私だけがこんなに得をしていいのかなと」


 どうやら、受け取ったお詫びの品に不満があるらしい。


「いいも何も田中さんは被害者なんだから当然だろ」

「そうです、ね」


 俺は妥当な報酬だったと励ましたが、田中さんの表情は相変わらず晴れない。

 多分、先程の家族のことを考えているのだろう。

 たしかにカップの弁償に加え、田中さんに謝罪料も払っていてあの家族はふんだり蹴ったりだったからな。

 素直に喜べきれない気持ちは俺もよく分かる。

 控えめで心優しい田中さんらしいなとも思う。

 でも、相手のことを真に慮るのなら喜んだ方がいい。

 何より、田中さんはこんな幸運が訪れても良いと思えるくらい良い子である。


「まぁ、それでも納得出来ないってのなら日頃の行いの良さが出たとでも思ったらいいんじゃね?昨日、掃除当番じゃないのに俺の掃除手伝ってくれたし。あれ、めっちゃ助かった。ありがとな」

 

 だから、素直に喜んでいいんだと俺が伝えると田中さんはそっぽを向き「……ありがとうございます」とか細い声を上げた。


(可愛い!)


 そして、恥ずかしそうに髪の毛を弄る田中さんはあまりにいじらしく、俺は心の中で悶絶するのだった。





 あとがき

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