第5話 田中さんのお母さんは料理が上手い!


 突然だが(part3)、男が女の子をお嫁さんに欲しいと思うタイミングはいつだと思う?


 熱を引いた時に甲斐甲斐しくお世話をしてくれた時だろうか?

 それとも、自分のことをしっかりと理解して合わせてくれた時だろうか?


 人によって様々な答えがあるだろうが、まだまだ子供な高校生の俺達が思うタイミングは、だいたいが時だろう。

 自分好みの美味しい料理を食べさせてもらった時、胃をガッチリ掴まれその子とずっと一緒にいたいと思うのだ。


「お義兄ちゃん!今日もお弁当持ってきたよ〜!」

莉乃りの。今日もわざわざもってきてくれてありがとうね」


 さて、我が校で一番お嫁さんにしたいランキング一位は四季姫が一人。主人公である海星の義妹である夏瀬なつせ 莉乃りのである。

 高校生とは思えない小柄な体型と黄金色のポニーテールが特徴的な可愛系美少女。

 一見すると、お嫁さんというよりは妹やマスコット的なイメージを持たれるが、彼女がランキング一位に選ばれた理由は他にある。


「でも、無理してない?毎朝これだけ沢山作ってくるの大変でしょ。僕は最近アルバイトを始めてお昼ご飯くらい用意出来るようになったし、少しくらい休んだ方が」

「ううん、全然大丈夫。それにこの大切な成長期に大事なお義兄ちゃんの身体にどこの馬の骨が作ったとも分からない物を入れて、成長を妨げるなんて許せないから。お義兄ちゃんの健やかな成長は私が守る!」


 それは夏瀬後輩が嬉しそうに掲げている十段もある重箱弁当だ。

 なんと凄いことに中身は全て彼女のお手製でどれも絶品である。


「アハハ、ソッカー。ありがとね、莉乃。でも、流石にこれは多過ぎるから皆んなに分けてもいい?」

「むー。出来ればお義兄ちゃんに全部食べて欲しいんだけど、確かに今日も気合が入ってちょっと作り過ぎちゃったかもだしいいよ。あっ、でも分かる前条件としては全部一口は絶対食べてよね」

「うん、勿論だよ」

「うぉぉぉーー!莉乃たんのお手製料理だーー!」

「今日も美味い!夏瀬さんお嫁さんに来てくれ」

「海星お義兄さん。莉乃さん俺に下さい!」

 

 ただ、美味しいからといって人間が一度に食える量は決まっている。

 夏瀬後輩が初めてお弁当を持ってきた日から早々に海星は一人で食べることを諦め、クラスの奴らと協力して食べる方向にシフトチェンジした。

 その結果、数多くの人間に夏瀬後輩の料理が行き渡り、あまりの美味しさに胃袋を掴まれた男子が大量発生しているのだ。

 当然、海星と同じクラスの俺のところにも何度か回ってきたことがある。

 夏瀬後輩の料理は確かに美味しい。今までの人生で行ったことないから分からないがおそらく高級料亭で出されるレベルだろう。

 

「凄い。この肉巻きおにぎりタレが凄く美味しいですよ。ふぁむ……この甘さは隠し味にハチミツを使ってますね。中山君も一つどうですか?」

「いや、俺は遠慮しておく」


 ただ、それでお嫁に欲しいかと言われると俺は違う。

 夏瀬後輩の料理はお祝い事などの特別な日に食べる分には良いが、毎日食べたいと思う味ではないのだ。

 その上、夏瀬後輩が可愛い顔に反して激重ヤンデレヒロインなことを知っている。

 もし、彼女と付き合おうものなら一生束縛されて監禁生活を送る羽目になるだろう。

 そんな奴をお嫁さんや彼女にしたいと流石に俺は思えない。

 料理が程々に上手くて、適度に嫉妬して、でもになんだかんだ許してくれて、最終的にイチャイチャデートが出来るような普通の女の子と俺は結婚がしたいのである。

 その点田中さんは料理の腕はまだ分からないが、その他のところは完璧なのでまさに理想の女の子だ。

 早く付き合いたいがつい昨日に失敗を犯したばかりなので、当分は難しいだろうが。


(あぁ〜、いつか田中さんの手料理食ってみてぇなぁ)


 しかし、そうと分かっていても欲張ってしまうのが人間という生き物。

 俺は母親が作ってくれたお弁当をチビチビつまみながら田中さんが作った料理の味を想像していると、「……そのハンバーグ美味しそうです」と隣から声が聞こえた。

 視線をそちらに向けると、物欲しそうに俺の弁当を見つめる田中さんが。

 試しに俺は箸でハンバーグを摘んで左右に動かしてみると、田中さんの視線が面白いくらい付いてくる。

 そんな遊びをかれこれ十秒ほどしていると、田中さんの視線がようやく俺の方を捉えた。

 次の瞬間、田中さんの頭から煙が上がった。


「あっ!その、これは違くて!?ただ、中山君が夏瀬さんの料理を何で欲しがらないのかと思ってその理由を探っていただけで。別に食べてみたいとかそんなこと思ってませんから!」

「くっ!?」


 その後、慌てて真っ赤な顔で弁明を始める田中さん。

 あまりの可愛さに俺のsan値がごっそり持っていかれてしまった。

 だが、ここでうっかり彼女への想いを漏らすわけにはいかないので即座に顔を逸らした。


「……そんなに言うなら食う?もう半分あるし」


 しかし、田中さんの喜ぶところを見たいという気持ちまでは抑えきれず、ハンバーグの献上を申し出た。


「いえ、それは中山君の貴重なお昼ご飯ですから貰うのは忍びないです」


 が、田中さんは一方的に物を受け取るのが申し訳ないのか断られる。

 でも、視線の方はチラチラと名残惜しそうにハンバーグの方に向いていて、諦め切れていないのが丸わかりだった。

 

「じゃあ、田中さんのお弁当に入っているやつと交換するってのはどうだ?」

「そ、そうですか?なら、お言葉に甘えて」


 素直になりきれていない田中さんを見かねて折衷案を俺が出すと、彼女は申し訳なさそうにしながらも鞄から素早くお弁当箱を取り出した。


「お好きなのをどうぞ」


 箱を開けるやいなや、ずいっと弁当箱を差し出してくる田中さん。


「じゃあ、からあ──」

「ぁぁっ」


 俺が箸の裏を使って唐揚げを取ろうとすると声が上がった。

 チラッと田中さんの顔を伺うとこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 どうやら唐揚げは田中さんの大好物らしい。


「──じゃなくて、たまごや──」

「うっ」


 流石に好物を貰うのは気が引けて、箸を別のものに移動したが卵焼きも好物だったようで、また顔を歪める田中さん。


「──きんぴらごぼうで」

「はい。どうぞ」


 最終的にハンバーグの対価としては少々釣り合っていないものに落ち着いた。


「う〜〜ん!おいふぃでふ!」


 本音を言えば少しだが、田中さんが喜んでいるので問題なし。

 俺も田中さん家の料理が食べられるのだから結果的に最高の形とも言える。


「いただきます」


 降って湧いた幸福に感謝しながら、俺は田中さんと交換したきんぴらごぼうを口に入れた。


「うまっ」


 その瞬間、口の中に濃厚な出汁の味ときんぴらごぼう独特の素朴な甘味が広がる。

 夏瀬後輩と比べると一般家庭の域を出ないが、どこかホッとして安心する味で思わずと言った形で言葉が溢れた。


「あ、ぁ──」


 すると、横にいた田中さんが声を上げる。

 反射的に田中さんの方へ視線を向けると明後日の方を向いていた。


「ん?」


 何かあるのかと俺も田中さんが向いている方を見たがただ青い空が広がっているだけで何も分からなかった。


(まあ、いっか)

「うまっ」

(それにしても、田中さんのお母さん料理上手だな)


 俺は田中さんが何を見ているのか理解するのを諦め、田中さんからもらった残りのきんぴらごぼうを堪能することにした。

 だからだろう。


「……(やった)」


 嬉しそうな顔で田中さんが小さくガッツポーズをしていることに気が付けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る