第2話 田中さんは勉強が得意
「まずは√を外すために両方を二乗するよな。そんで、分母を揃えるために──」
「ふわぁ〜ねむっ」
時は少し流れて、俺は現在数学の授業を受けていた。
ただ、やっている範囲は既に覚えてしまっている範囲なため正直教師の話は退屈でしかない。
えっ?なんで覚えているのかって?
そりゃ、俺転生者やぞ。
高校生の勉強くらい簡単にこなせるわ──けもなく普通にめちゃくちゃ勉強して覚えた。
前世の俺は大学生だったが、高校の頃に勉強した内容なんて大体入学して一年辺りで殆ど忘れている。
かろうじて、必須科目だった英語は覚えていたがそれ以外はボロボロ。
また今世の俺も勉強熱心では無かったため、ちょっと英語が出来る普通の人間止まりだった。
しかし、だからといってそれで別に不便することは無かったので、勉強に関してはしばらく惰性でやる日々が続いた。
そんな俺に転機が訪れたのは二年生が始まってすぐの英語の授業。
『えっと、中山君。ここが分からないのですが教えてもらってもいいですか?』
田中さんが教科書で口元を隠しながら、翻訳の仕方を尋ねてきたのである。
俺は突然のことにびっくりしながらも持てる知識を全て駆使し何とかその場を乗り切ることに成功した。
『なるほど、ありがとうございます。中山君って頭が良いんですね。私全然知りませんでした。もし、また分からないことがあったら頼ってもいいですか?』
結果、田中さんの中で俺は頭が良い人認定されてしまった。
勿論他の女子相手ならすぐに誤解だと弁明しただろう。
『おう。別に構わないぞ』
だが、相手は意中の女の子だ。
田中さんによく思われたくてついつい見栄を張ってしまったのである。
そんなわけで、田中さんからどんな質問が来ても答えられるように猛勉強をしたというわけだ。
お陰様で、今の俺は前世通っていた大学なら余裕で受かるレベルにまで至っている。
「どうしました?」
「いや、もう解き終わったのか?」
「はい。今回の範囲は結構分かりやすいので」
「そうか。だとしても早いな」
「それ中山君が言います?」
ただ、悲しいことにあの日以来田中さんから頼られたことがない。
そう。田中さんは勉強が物凄く出来る系女子だったのだ。
この間行われた定期考査の結果を教えてもらったら、なんと学年でTOP20に入っていた。
それによって、田中さんに勉強を教えて距離を縮めよう作戦が失敗に終わったことを悟った。
田中さんがもう少しアホの子だったら──ん?いや、待てよ。これ別に逆でも良くないか?
カッコいいところを見せようと躍起になっていたから気が付かなかったが、よくよく考えてみれば田中さんと近づきたいのならわざわざ一つの形にこだわる必要なんてなかったのだ。
まぁ、多少のイメージダウンはあるだろうがその程度で距離を置かれるほど田中さんが薄情ではないことはよく分かっている。
「いや、実は一問分からないところがあって止まってる」
「そうなんですか?田中君がつまづくなんて珍しいですね。私で良ければ教えましょうか?」
「マジ?めっちゃ助かる」
閃いた勢いそのままに俺は作戦を決行。
人の良い田中さんは俺の言ったことをすんなり信じ、椅子をこちらに寄せて肩がぶつかるのではないかと思う距離まで近づいてきた。
「えっと、ここはですね。────────」
その後、周りの生徒達の邪魔にならないよう声を潜めながら問題の解説を始めた。
田中さんの解説は今授業をしている教師何かよりも分かりやすく、また距離が近いおかげで田中さんのフローラルで甘い匂いが何度も鼻をくすぐってきて色んな意味で最高だった。
「──最後に約分をして整えてやれば終わりです」
「なるほど。すげぇ分かりやすかった。サンキュ」
ただ、そんな夢のような時間も長くは続かない。
田中さんのおかげであっという間に問題が解き終わってしまった。
そのことに一抹の寂しさを感じながらもお礼を言うと、「いえいえ」と田中さんから上機嫌な返事が返ってくる。
「なんか嬉しそうだな?」
「はい。初めて中山君に頼ってもらえたので」
「っ!?」
その理由を聞いてみると、想定外の不意打ちを喰らって危うく心臓が止まりかける。
「いつも中山君は日直や掃除当番、授業係の仕事などで私が困っていたら手伝ってくれています。あれは本当に有難いのですが、それと同時に中山君が仕事をしている時に何も手伝えることがなくて実は後ろめたかったのです。だから、今日ほんの少しでも恩返しが出来て良かったです」
俺のメンタルゲージがゼロになりかけていることなど全く気が付いていない田中さんは
当然、KO。それどころかあまりの健気さから完全にオーバーキルである。
「そ、そ、そうか。じゃあまた困ったことがあったら頼って良いか?」
利き手で顔の大半を隠しながら何とか俺はこれだけ絞り出すと「はい。勿論です!」と、田中さんから今日一番の返事が返ってきて俺はあえなく撃沈するのだった。
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