第1話 田中さんが一番可愛い!


「邪魔」

「す、すみません。後、ありがとうございますぶひ!」

「キモッ」

「相変わらず冬空ふゆさらさんは絶好調ですなぁ。特にあの蔑すんだ目が最高でござる」

「分かる分かる。マジご褒美だよな」

「相変わらず冷乃お姉様はかっこいいですわぁ〜」

「かっこいいかな?私的には春野さんの方が姉御って感じがしてかっこいいと思うけど」

「いやいや、秋月生徒会長の方が凛としててかっこいいって」

「くそっ、夏瀬ちゃんは可愛い系だからこの『四季姫』かっこいい論争に混ざれねぇ」

「デュフ、気にすることないですぞ。莉乃たんは可愛い論争では間違いなく最強なのですからな」

 

 今日も今日とて学校に登校するとクラスの中は達の話で持ちきりだった。

 女の子の容姿や性格だけであんなに盛り上がれるのなら、世界一可愛い田中さんで盛り上がれよお前ら!

 ふぅ。ちなみに、四季姫というのは当然メインヒロイン達のことである。

 メインヒロイン達の苗字にそれぞれ季節を表す漢字があったことから付けられた異名である。

 学校の奴らは凄い偶然だと感動していたが、俺一人だけは冷めていた。

 何故なら、作者が意図的にこの状況を作り出したものだと知っていたからだ。

 そのため、主人公周りの話を聞いても原作通りだなくらいにしか思えず、空気を読んで適当に相槌を打ってやり過ごしている。

 この調子だと友人達の会話に混ざってもまた相槌を打つだけのロボットになりそうなので、SHRまで寝たフリをして時間を潰すことにした。

 目を瞑ってから三分が経過したところで、隣の席からガタッと椅子が引かれる音が聞こえた。

 俺は目を開けそちらの様子を伺うと、丁度パンを食べている天使田中さんと目が合った。


「ふわぁ!おふぁひょうふぉふぁいまふ。ふぁかふぁまふぅん」

「おやすみ」


 菓子パンを口に入れたまま挨拶をする田中さん。


(可愛い!可愛すぎる!俺なんかに律儀に挨拶をしようとする真面目さと、口に食べ物を入れながら話すのははしたないと分かっていながらも食い気に負けてしまうところがもう最高!これで人気がないってマ!?あり得ないだろ!)


 あまりの破壊力に絶えられず、俺は鞄に顔を埋めた。

 「えっ?えぇ〜〜!?」と上から困惑の声が聞こえてきたが放置。

 この真っ赤に染まった顔を田中さんに見られるのは恥ずかし過ぎる。

 田中さんを無視するのは心苦しいがこの頬の熱が引くまでは隠させてもらいたい。


「おはよう、田中さん」

「えっと、寝るんじゃなかったんですか?中山君」


 三十秒後。体を駆け巡っていた熱が収まり、田中さんと喋る心構えが出来た俺は挨拶を返した。

 そんな俺を見て田中さんは困惑し、パチパチと瞬きを繰り返す。

 可愛い。

 まぁ、俺が照れ隠しをしているとは知らず、完全に寝たと思われていたのだから妥当な反応だろう。


「おう。寝てたぞ。そんで今さっき起きた。今まで言ってなかったが実は超ショートスリーパーなんだよ俺」

「ふふっ、絶対嘘ですよね、それ。相変わらず中山君は面白い人ですね」

  

 当然素直に照れていたと言えるはずもなく。

 俺はネタでしていた風を装うと純粋な田中さんは見事に引っかかり、全てお見通しですよと得意げな笑みを浮かべている。

 その威力たるや先程と同等いやそれ以上。危うくまたノックアウトされかけたが、今回はしっかりと心の準備をしていたので何とか耐えることが出来た。


「そりゃどうも」


 しかし、これ以上のダメージを受けると不味いため、あえてぶっきらぼうに返事をして視線を窓の方に向ける。

 ぼーっと外でも眺めてダメージを回復させようと思っていると、鏡越しに田中さんが身体をプルプルと震わせながら緩慢な動きで鞄から新しいパンを取り出そうとしているのが見えた。

 次の瞬間、パサッという音が響き視線をそちらに向けると田中さんが取ろうとしていたパンが落ちていた。


「あいたたた」

「はい、これ」


 悲鳴を上げながらパンを取ろうとする田中さんを放っておくことなんか俺には出来ない。

 田中さんよりも先にパンを拾って渡せば「中山君ありがとうございます」と、お礼が返ってきた。


「いや、別に大したことじゃないから。それより、田中さんは大丈夫なのか?見たところ筋肉痛ぽいけど」


 その際に浮かべた微笑みがあまりの尊く、うっかり逝ってしまいそうになった俺はサッと視線を逸らし、気になっていたことを尋ねる。


「あはは、お恥ずかしながらその通りです。昨日の放課後にマーチングの練習があったんですけど、楽器を外に運ぶ際に後輩に頼れるところを見せようと普段よりも重い楽器を運んだのが良くなかったみたいですね」


 すると、田中さんは穏やかな微笑から一転恥ずかしそうに頬を染め、赤裸々に筋肉痛になった経緯を教えてくれた。


「かわ──」


 後輩の前で平気なフリをする田中さんの姿を妄想してしまい、あまりの可愛さに内心で悶える俺。

 うっかり心の声が漏れそうになったが、寸でのところで口を手で塞いでなんとか阻止した。

 

「もう、そんなに笑わなくても良いじゃないですか!」


 口を抑えて震える俺を見て笑っていると勘違いしたのだろう。

 田中さんは拗ねてそっぽを向いてしまう。

 そんなむくれている姿もまた可愛いく、メインヒロイン達よりも魅力的で。

 やっぱりこの学校で一番可愛いのはメインヒロイン達ではなく田中さんなのだと俺は再認識するのだった。


 

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