十二

「……まあいいでしょう」


 なにも言い返せず黙っていると、ミハイロさんが話を進めてくれた。

 深く追求されなかったことに、とりあえず胸を撫で下ろす。


「先ほど二人が言った通りです。前皇帝陛下であった蒼浩然様は豪龍様の父上様で、あなたは浩然様の治療でお越しいただいている、ということになっています」

「そ、そうなんですか、なんでわざわざそんなことを……」

「豪龍様はこの大国の要です。出陣された戦は負けなし、聡明で勇敢。少し感情的なところはありますが、求心力もなかなかのものです。そんな方が病だと知れたら、今が好機だと攻め込まれる可能性が高い。なので一線を退かれた父上様に、身代わりをお願いしているのです」

「な、なるほど」


 的確でわかりやすい説明に、思わず頷く。

 ミハイロさんは、きっととても頭がいい人だ。その上冷静で、シャンとした大人の男性。

 こんな人に皇帝様は、大国の要って断言されてるんだ。


「私たちのように数少ない側近だけが知る事実です。以前、陛下を診られた医師も、極秘で目隠しをして連れてきましたので。ピケ様が口外するようなことはないと思いますが、くれぐれも肝に銘じておいてください。なにかあれば私……スノール・ミハイロか、呉の二人にご相談を。他の者とは口を利く必要もありませんので」


 すらすらと流れるような言葉に、口を挟む余地もなかった。

 だけどあたしは、ふと一つだけ気になった。

 治療の身代わりになった前の皇帝様は、実際はどうなっているのだろう。

 普段通りの生活をしていたら、周りに変だと思われてしまうし、どこかに隠れていたり――?

 

「あの……皇帝様のお父様は、本当はお元気なんですか、今はどこに――」


 いるんですかと、最後の言葉は飲み込んだ。

 透き通った肌に輝く緑が、妖しげにあたしを見据えたから。


「浩然様は、今現在の陛下……豪龍様の部屋で静養中……ということになっています。それ以上は申し上げることはできません」


 ミハイロさんはふっと目を細めて、足を扉の方に向けた。


「では、私はこれで……よい眠りを」


 そう言って彼が部屋を出ていくと、室内にはあたしと雹華さん、雷華さんの三人になった。

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