ドクンと心臓が跳ねる。

 どうしようどうしようって、なにもできないうちに、カーテンの隙間から指が見える。

 するりと髪を分けるみたいに、手の甲でカーテンが開かれる。

 そして、中から現れたのは――。


「どうした、早く勤めを果たせ」


 噂通りの見た目に、血の気が引いた。

 催促されているのに、足がすくんで動かない。

 少し離れた場所からでもわかる、目と鼻を覆い隠す、真っ白な仮面。

 あの男は、不気味な仮面を被っている――。

 人に見せられない、醜悪な顔つき――。

 女子供も殺す、血も涙もない男――。

 今まで耳にした噂が、あたしの脳内を駆け巡る。『地獄の砦』の異名を持つ、壮国、三代目皇帝、ツアン豪龍ハオロン


「おい、なにをしておる」


 また声をかけられ、ハッと我に返る。

 気持ちを奮い立たせて、重い足を動かし、皇帝様の元に行く。

 皇帝様は、ベッドに片膝を立てた状態で座っていた。

 焦茶色のベッドに、白い寝具。

 着物のように、斜めに合わせられた衣装には、青い生地に、金の龍の刺繍が入っている。

 寝巻きなのかな、すごく豪華だって、なんとか自分の中の恐怖を逸らそうとする。


「上がれ、そこでは治療しにくいであろう」


 皇帝様の長い人差し指が、ベッドを示す。

 だからあたしは震えながら、そろりとベッドに上がろうとしたけど――。


「貴様、礼儀も知らぬのか」


 降ってきた不機嫌な声に、ベッドに乗りかかっていた膝を引っ込める。

 するとその拍子に、背中から思いきり倒れてしまった。

 ドスンと派手な音がして、痛たたって小さな悲鳴をあげた。

 だけどそれも束の間、自分の置かれた状況を思い出すと、急いで起き上がって土下座した。

 

「ご、ごめんなさいっ、あの、あたし、なにも知らなくて、なにか失礼なことを……」

「口の利き方もなっておらぬな。ユニ族は他国とも交流があるゆえ、礼儀作法に問題はないと聞いておったが」


 皇帝様が言う通り、ユニのみんなは他国に行くための礼儀作法を知ってる。

 だけどあたしは、全然教えてもらってない。

 みんなに嫌われてたから、そういうの、まともにできないままで。

 唯一の頼みの綱だったおばあちゃんは、あたしが七つの時に亡くなっちゃったし、だからあたしの知識は、僅かな本から得た一方的な情報だけ。

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