カロリー・ゼロの世界

ちびまるフォイ

カロリーを経口摂取する最適の方法

『カロリーオフ! ダイエットごはん』

『ゼロカロリーステーキ!』

『マイナスカロリー食品』


世間はいまや空前のダイエットブーム。


どれだけ骨格を浮き上がらせられるか。

それが美の基準であり、マナーとされている。


「ちょっと見て。あの人……お腹が出ているわ」

「けがらわしい。通報しましょう」


「お前! なにTシャツで歩いているんだ!」


「ぶひ……ぼ、ぼくがなにかしたんですか」


「そんなだらしない腹が見える服装で

 街を歩くなんてわいせつ行為だ! 逮捕する!」


「ぶ、ぶひーー!」


牢屋にとらわれた肥満犯罪者たちは、

檻の中で過酷な食事制限により"まともな"体に作り変えられた。


それでも人により太りやすい、

痩せやすい人で差があることで世間はあつれきを生んでいた。


「どうしてそんなに太っているんだ!

 ちゃんと痩せる努力をしなさい!」


「やっててこれなんだよ!

 太りやすいからしょうがないだろう!?」


「それは努力が足りないのよ!!」


太りやすい人は見た目だけで、

自己管理もできない人間だと決めつけられ。


「せっかく痩せているのに、

 それだけ食べるなんてもったいない!」


「私は痩せやすいから食べなきゃダメなの!」


「うちの事務所はデブ厳禁なんだぞ!

 そんなに食べちゃダメだ!!」


痩せやすい人はさもこれから太ろうとしている。

そんな風に誤解されることが横行した。


それを見かねたひとりの科学者。

そう私。


私はついにそんな無用な争いに終止符を打つ

おそるべき科学発表を行った。


「これが、ゼロカロリー・ウイルスです!!」


学会に参加していたすべての人が立ち上がって拍手した。

そしてすぐにゼロカロリーウイルスは世界にばらまかれた。


ゼロカロリーウイルスに感染すると、

その食品はゼロカロリーになるのでどれだけ食べても太らない。


太りやすい人が食事を制限する必要もなく、

痩せやすい人が食事を遠慮することもない。


みんな好きなだけ食べたいものを、

食べたいだけ食べられる楽園が作られた。


「みなさん、もう遠慮することはありません!

 食事を自分の娯楽のひとつとして楽しめる時代です!

 今年がゼロカロリー元年です!!」


なにを食べてもゼロカロリー。

何をのんでもゼロカロリー。


世間では飲食店が一気に増え、誰もが食事を楽しむようになった。



ある日のこと。


朝起きると体が鉛のように重かった。


「これは……? 一体何が……?」


体温は平温。風邪ではない。

だが明らかに体が重く動かせない。


あと数歩歩いたら倒れてしまいそうだ。

ずっと寝ていたいとすら思う。


「と、とにかく病院へ……」


病院に電話してみるが通じない。

救急車も応答しない。


カーテンから外を見ると車ひとつ走っていない。

路上には倒れている人が点在している。


「まさか、何かのテロ……!?

 もしくは宇宙からの攻撃……?」


テレビもラジオも通じない。

体を起こすのもやっとで這いずるように外へ出た。


家の前で倒れている人に声をかける。


「大丈夫ですか……!?」


「入らない……」


「え?」


「ちからが……入らない……」


「どうして……!?」


自分とまったく同じ症状だった。

意思を強くもたなければ今にも倒れてしまう。


原因はただひとつだった。


「ちゃんと食事を取っていたのに……力が入らないんだ……」


「食事……まさか!」


ウイルスにより食事はすべてゼロカロリー。

いくら食べても太らない。

いくら食べてもエネルギーにもならない。


この世界的な脱力現象を引き起こしたのは、

私のバイオテロによるものだった。


「私はただ……みんなが食事を楽しめられるようにと……」


もうダメだった。


カロリーをろくに接種していない体は、

筋肉や臓器から強引にカロリーを作り出してしまい

その結果に体は脱力して動けなくなる。


犬や猫も家畜もゼロカロリーにより動けなくなっていた。


「ああ……このまま朽ちていくだけか……」


死臭をかぎつけたのか、下水からネズミがやってくる。

体に登ったりしてエサかどうかを品定めしている。


もうこれまでかと思う。

けれど追い詰められたことで頭が無駄に回る。


「なんで……私達はこんなに動けないのに……。

 このネズミは元気に動いているんだろう……」


ゼロカロリーウイルスはすべての動植物に感染している。

このネズミだってそうだろう。


ウイルスに感染した食品を食べるとカロリー摂取がなくなる。

このネズミだって同じはず。


ゼロカロリー生活を続けているはずなのに、

どうしてこんなにアグレッシブにカロリー消費できるのか。


自分の体をついばみ始めたネズミにより、

その答えが示された。


「ああそうか……。

 生き餌を食べているからカロリー摂取できるのか……」


ウイルスは"食品"になった場合にはゼロカロリー。

ただし生きている間にはカロリーが保持される。


死んでいないまだ生きている生物を食っているネズミたちは、

生き餌からカロリーを接種できていたのだろう。


同じ理由で昆虫や、海の魚がウイルス感染していても

これまでと同じように生活しているのも納得がいく。


家畜や人間は食品だけを食べていたから、カロリー限界が来たのだろう。


「まあ……いまさら……わかっても……遅いけど……」


なにもかも諦めて生き餌に甘んじることを決めたとき。

ふと視界に入るのは、倒れたまま動けなくなっている"生き餌"たち。


死んでしまえばウイルスの効果が出てカロリーが失われる。

自分が生き残るためにはカロリー摂取が必要。


迷ってなんていられない。


生き餌を食べやすいようにひっくり返した。



「や、やめてくれ……」



生き餌は最後になんか言っていていた。

私は命尽きる前に生き餌にかじりついた。



「だいじょうぶ。痛みを感じるエネルギーなんて残っちゃいないでしょう?」

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