夕さり街6
その時だった。
突如、客のひとりがアサギの目前にぐいと顔を近づけ、容赦ない声でまくし立てた。
「なんで黙ってるんだよ? 何か隠してるんだろ?」
「ねえ、さっきのって本当なの? 本物なの?」
「答えろよ、面白い話、あるんだろ? なあ?」
矢継ぎ早の質問。
その口調に悪意はなかったのかもしれない。けれど――重かった。鋭かった。
何より、「ひとりの子ども」に対する敬意というものが、そこには微塵もなかった。
いつの間にか、周囲には人が増えていた。
客たちはそれぞれ飲み物を片手に、興味本位の視線を向けている。
その目、目、目――。
まるで嵐の中でいっせいに開かれる無数の窓のように、どこからともなく現れてはアサギを覗き込んでくる。
真っ暗な深海で、光を当てられた小動物のような居心地。
空気がひんやりと背中にまとわりつき、逃げ場のない不安が胸の奥で膨らんでいく。
「見られている」というより、「解剖されている」と言ったほうが近かった。
アサギの視界が滲む。
呼吸がうまくできない。世界の音が遠のいていく。
――ここから逃げたい。どこでもいい。どこでも。
その時、マリが立ち上がるように一歩踏み出し、周囲を射抜くような視線で見回した。
その小さな背中には、鋭い緊張がみなぎっていた。
「私たちに話しかけないで」
「ここで静かに過ごしたいだけなの」
その言葉は、まるで氷を打ち砕くような鋭さを帯びて、場の空気を一瞬凍りつかせた。
だが、群衆の中にはその沈黙に逆らうようなざわめきが、またじわじわと立ち上がりかけていた。
アサギの心は限界に近かった。
体が熱いのに冷たい。頭が働かない。言葉が見つからない。
何もしていないのに、責められているような錯覚が押し寄せる。
そんななか、ルナが音もなくすっと割って入った。
彼女は何事もなかったかのように優雅に笑みを浮かべながら、アサギと客たちの間に立ちはだかった。
「ほらほら、この子たちは疲れているのよ。今はそっとしてあげて頂戴な」
その声は、静かだった。だが不思議な力があった。
柔らかさの奥に、抗えない重さと威厳がある。
客たちは一瞬、しぶしぶとした表情を見せたが、ルナに敵わないと察したのか、無言のまま興味を引きずりながら後ずさっていった。
不思議と、誰も逆らわなかった。
騒がしさが一瞬遠のき、アサギはようやく、浅く、けれど痛々しく息を吸った。
だがまだ、震えは止まらない。
あの無数の「目」は、彼の心に跡を残したまま、空気の中でざわざわと揺れていた。
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