夕さり街5

 ナイトクラブの中は、時が経つにつれてますます賑わいを増していた。

 音楽は重く響き、ネオンはめまぐるしく瞬き、人々のざわめきが宙に舞っていた。


 その中で、いつの間にかアサギとマリへと注がれる視線が、じわじわと増えていく。

 最初は気のせいかと思っていたアサギも、やがて肌を刺すような視線の熱に気づき、胸の奥がきしむような不安に満たされていった。


「おい、あの子……」

「……ん? 誰かに似てね?」

「知ってるよ、前に噂になってたやつ……あれじゃね?」

「まさか、あの子が……」

「おい、本人だったらヤバくね?」


 小声のさざ波が、じわじわとアサギの周囲に押し寄せてくる。

 ひとつの言葉がきっかけとなり、誰かの記憶が連鎖し、憶測が熱を帯びる。

 次の瞬間には、まるでそこに「過去」という燃えやすい薪が積まれていたかのように、無責任な言葉の火があっという間に燃え広がっていた。


「……そう、あの時の……」

「見たよネットで。動画、あったもん」

「思ったより普通だな。もっと小さいかと思ってた」

「やっぱ、顔に出てるよな、ああいう子ってさ」


 誰もが、本当に見たわけではない“何か”を見たような口ぶりで、憶測の火種を放っていく。

 そのすべてが、重みも責任も持たないまま、アサギの内側に焼け付くように降り注いだ。


 震えそうな自分を、どこかで押し留めながら、アサギはマリの方へ目を向けた。


 その時だった。

 マリが音も言葉も立てずに、ひとつ、椅子をずらしてアサギの方へと身を傾けた。

 静かながら、明確な意志を帯びたその動きは、まるで「この子には手を出させない」と言っているようだった。


 その腕がアサギの前に差し出されたわけではない。

 ただ背を真っ直ぐに伸ばし、わずかにアサギの前に立つように姿勢を変えた。

 それだけの所作なのに、アサギは息を呑んだ。


 言葉ではないのに、確かに伝わるものがあった。

 ――ここに、ひとりじゃないという感覚。


 その時、少し離れたカウンターの向こうから、ルナがゆっくりと微笑んでいた。

 その視線は、すべてを見透かすようでいて、どこまでも優しく、けれどどこか試すようでもあった。


「大丈夫。私だけは味方よ。安心して、ね」


 そう囁くルナの声は、まるで喧騒の中に浮かぶ一滴の静けさだった。

 けれどアサギは、マリの無言の背中のほうに、より深い安心を感じていた。

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