黄金色の稲穂17

季節は、まるで風にほどける夢のように、音もなく巡っていく。


 春が来て、田んぼにはまた命の水が張られ、アサギの足元にはぬかるみがやさしく広がっていた。


 ああ、また田植えの季節だ――。

 不思議と、その巡りに疑問を抱くことはなかった。

 むしろ当たり前のように受け入れ、目の前の景色に自然と心が弾んだ。


 水面には、空と花と、笑い声の気配が揺れていた。


「よーし、唄え唄え! 田植えの唄、唄わねばはじまらんど!」


「んだっけ〜! カガチ様に怒鳴られんうちに、ちゃっちゃと植えるべし!」


 カワズ殿たちが楽しげに唄いながら、田んぼを跳ね回っていた。


「アサギ殿も、なにぼーっとしてんだて! 手ぇ動かせ〜!」


 ひとりがにやりと笑い、周りのカワズ殿たちも声をあげて笑う。


「んだんだ、歌いながら植えっぺな〜!」


 アサギは笑みを返し、「今行くよ」と軽く答えて、田んぼへと足を踏み入れた。

 水の冷たさと、泥の柔らかさが足の裏に心地よく、稲の苗を手に取る仕草も、すっかり板についていた。


 ふと、風に紛れて、どこかで聞いた声がしたような気がした。


 ――「でも、わたしたちは……ここから出ることができないんだよ」


 やさしい声。淡く微笑む瞳。

 もうひとりの、かすかな返事。


 テンとキュウの姿が、まるで水面に映る幻のように、心に浮かんではすぐに滲んでいった。


 思い出そうとしても、その記憶は春風のように手のひらをすり抜け、

 気づけばまたカワズ殿たちの唄と笑い声に包まれていた。


 田植えの唄が再び響く。


「いそげやいそげ、植えで歌えで、はよ終わらせっぞ〜!」


 田んぼのあちこちに、跳ねるような声と笑いが広がる。

 それはまるで、季節そのものが唄い、踊っているかのようだった。


 やがて秋が来て、実りを祝う祭囃子が鳴り響き――

 そしてまた春が訪れ、桜が咲き、田んぼに苗を植える。


 「……いったい、何度この季節を越えたんだろう」


 そう思うことはあっても、その答えを探そうとはしなかった。

 ただ、再びカワズ殿たちと並んで田に立ち、泥を踏みしめていることが、心にしっくりと馴染んでいた。


 苗の感触も、水の音も、唄のリズムも、

 まるで夢の続きのように、手の中にある。

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