黄金色の稲穂13
秋祭りが終わり、次に訪れるのは冷たい冬だろうとアサギは思っていた。
しかし、田んぼを包んでいた静けさの中で、ふと気づくとまた春が巡って来た。
いつの間にか桜の花が満開になり、風に舞い散る花びらが田んぼを淡い色に染めていた。
冷たい冬を待っていたはずが、季節はあっという間に春へと移り変わっていたのだ。
「春だのぉ、またこの季節が来たっけのぉ」
と、カワズ殿たちは目を細めて桜の木を見上げた。
「田植えが始まったら、こんなにのんびりしてらんねえし、今のうちに花見でもしようがや!」
と、一人が楽しげに言うと、他のカワズ殿たちも「ほんに、そんだな!」と賛成の声をあげた。賑やかな笑い声が響き渡り、彼らはすぐに花見の準備に取り掛かった。
カワズ殿たちは手際よく、田んぼの縁にござを敷き、酒や食べ物を並べ始めた。大きな瓶から酒を注ぎ、杯をあちこちに配りながら、「呑めや呑めや」と声をかけ合う。提灯を木の枝に吊るし、風に揺れる灯りが暖かい色を田んぼに投げかける。
お囃子の笛や太鼓も用意して、春の空気を一層賑やかにしていた。
その様子を眺めながら、アサギはふと立ち上がった。
「そうだ、テンさんとキュウさんも花見に呼ぼう」
前に秋祭りに誘ったときには来られなかったから、今度こそ一緒に楽しみたいと心から思ったのだ。いつも穏やかで静かな二人の姿を思い浮かべながら、アサギはカワズ殿たちに尋ねた。
「ねえ、テンさんとキュウさんって、どこにいるの?」
「あの二人なら、田んぼの真ん中の鎮守の森におるさね」
と、一人のカワズ殿が答える。
「あそこがあの二人の居場所みたいなもんなんさ」
と、他のカワズ殿たちも笑いながら頷いた。
「そっか……なんで、あの二人はここに来ないんだろう?」
アサギは気になって問いかけた。
すると、カワズ殿たちは少しだけ声をひそめるようにして、
「さあねえ、わくどもようわからんけど、いつもあそこの森から出て来ねえんださね」
とぽつりと答えた。
アサギは鎮守の森の方へ目をやり、木々の奥にいるテンとキュウの姿を想像した。そして、その姿がはっきりと頭に浮かぶと、思わず足を踏み出していた。
田んぼを抜け、桜並木の中を進んでいく。
両側に咲き誇る桜の花が風に舞い、あぜ道を淡い桃色に染めている。
花びらがふわりと舞い降りては、アサギの髪に優しく触れる。
彼は、ゆっくりとその道を歩きながら、春の暖かな空気を感じていた。
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