黄金色の稲穂6

 時間の流れが急ぐように過ぎていく中で、アサギは気にすることもなく、自然と田んぼの中で体を動かしていた。

 苗を一本ずつ手に取り、土に丁寧に差し込みながら、ふと顔を上げると、いつの間にか真夏の太陽がじりじりと頭上に昇り、強烈な日差しが田んぼ全体を照らしつけていることに気づいた。

 肌を焦がすような熱が降り注ぎ、水面がきらきらと眩しく反射している。

 アサギは額に浮かんだ汗を拭いながら、水面に映る自分の影を眺めたり、青々とした苗に手を伸ばして、その冷たくしなやかな感触を確かめたりしていた。

 カワズ殿たちの賑やかな声が風に乗って響き、田んぼ全体が活気にあふれているかのようだった。

「さあ、今度は収穫だてば」

 と、一人のカワズ殿が声を上げる。

「みんな、頑張るてば! カガチ様にどやされる前に、全部刈り取るぞて!」

 その声に応えるように、カワズ殿たちは一斉に立ち上がり、嬉しそうに収穫の準備を始めた。

 アサギもその中に混じり、次の作業に向けて動き出した。


 田んぼ一面に広がる黄金色の穂が、彼らを迎え入れるかのように静かに揺れている。

 夏が過ぎ、少しずつ秋の気配が田んぼの周りに漂い始めた。

 青々としていた稲は、次第に色づき、やがて黄金色に染まっていく。

 日差しは柔らかくなり、昼間の暑さの中にも、夕方には涼やかな風が吹き抜け、どこか寂しげな秋の香りを運んできた。

 夕暮れの空は次第に高く澄み渡り、薄いオレンジ色に染まった雲がどこか切なげに漂っている。

 遠くの山々が薄く霞み、ひぐらしの声が響き、日が落ちるのが少し早く感じられた。

 かつての賑やかな夏の光景が、徐々に色あせていくように思え、田んぼの風景にも静寂と物悲しさが漂っていた。


 しかし、カワズ殿たちの気持ちは逆だった。彼らにとって、収穫は一年の努力が実を結ぶ特別な時間だ。

「よっこらしょ、よっこらしょ」

 とリズムよく声を合わせながら、歌でも歌っているかのように楽しげに作業を進める。

 鎌を手にしたカワズ殿たちは、黄金色の穂をひとつずつ丁寧に刈り取っていく。

「ほれ、どんどんやるてば!」

 と、カワズ殿の一人が声を張り上げると、他のカワズ殿たちも「おー!」と応え、競うように刈り取りを進めていく。

 稲穂を手にしたまま、時折跳ねたり笑ったりしながら動き回る姿は、田んぼの中で踊っているかのようだった。

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