黄金色の稲穂5
休憩を終えると、カワズ殿たちは再び田んぼへと戻り、手際よく苗を植え続けていった。
小さな体が水面の上をぴょんぴょんと跳ね、青空の下で、また穏やかな歌が風に乗って広がっていく。
その歌声には、どこか昔話のような響きがあった。
言葉の意味よりも、旋律そのものが土地と溶け合い、耳に残るたびに心がほどけていく。
アサギも自然とそのリズムに身を任せ、無言のまま、ひとつ、またひとつと苗を植えていった。
手のひらに伝わる水の冷たさ、泥の柔らかさが、まるで何かと対話しているような気さえしていた。
そして――
気がつけば、季節はすっかり夏へと移り変わっていた。
強い陽射しが田んぼの水面を眩しく照らし、光の粒が水に跳ねるようにきらきらと輝いている。
あたりの空気には、春の名残はもうなく、緑の匂いと夏草の香りが色濃く混じっていた。
時間が、音もなくすり抜けていった。
ほんの少し前まで春の風が吹いていたような気がするのに、もう田んぼは青々とした苗で満ち、風にそよいでいる。
季節の移ろいに戸惑うこともなく、アサギはただ、その変化を当たり前のように受け入れていた。
ほんの少しだけ、胸の奥に“変だな”という感覚が芽生えたものの、それもすぐに、夏の風に溶けて消えていった。
夏の田んぼは、生命の匂いに満ちていた。
根をしっかりと張った苗たちが風に揺れ、水面は小さな波を立てながら太陽を反射して、静かにきらめいている。
田んぼ全体が呼吸をしているようで、緑の広がりが大地を包んでいた。
「やっぱり夏の田んぼって、いいもんだよなぁ」
一人のカワズ殿が空を見上げて、ぽつりと呟いた。
他のカワズ殿たちもそれに続いて、ゆっくりと頷く。
「この緑を見てると、なんだか元気が湧いてくるっぺよ」
「おらたちの手で育てたって思うと、やっぱり誇らしさが違うがな」
彼らの言葉には、素朴でありながら、どこか芯のある重みがあった。
この風景は、ただの農作業の結果ではなく、彼らにとっての“時間の証”なのだ。
「ほれ、アサギ殿。これがわくどの、大事な仕事だがて」
田んぼを見渡しながら、にこりと笑うカワズ殿の横顔には、穏やかな自信がにじんでいた。
陽光が水面を照らし、時折吹く風が苗をさわさわと波打たせる。
その涼やかな風に包まれながら、カワズ殿たちは冗談を交わし、笑い合っていた。
アサギはそんな彼らの姿を見ながら、静かにその景色に溶け込んでいた。
言葉にはならないけれど、心のどこかで「ここにいてもいい」と感じる、確かな気配がそこにはあった。
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