第3話 どうするよ少年?

「あちゃあ。変化なしかよ……」


 鏑木が何も無い空間をペタペタと触っている。


「あっ、ほんとうだ!」


 僕が手を伸ばした先にも目に見えない壁がしっかり存在していた。まるでガラスに触れているようだけど冷たさとかの温度は感じなかった。試しに軽く拳で叩いてみたが音はしない。でもとてもカタイ何かが僕たちをここから先へと進ませる気がないということだけは理解できた。鏑木があのファイアーボールを何発も放っていたが、壁に阻まれて霧散していた。


「さて、どうするか……」


 鏑木はもう何本目になるのかタバコを咥えて火をつけた。彼の見つめる壁の向こうは平らな大地が広がっていて、その先には山が見える。だけど僕にはなぜだかここと同じような村や町があるような気がしなかった。


「おーい」


 僕たちが来た道の方から男の声がした。振り返ると僕を縄でぐるぐる巻きに縛ったおっさんのひとりだった。


「どうした?」


「化け物だ、化け物が出た! そいつが村のモンを襲ってる。なんとかしてくれ拝み屋!」


 村のほうを見るとその化け物が暴れているのだろうか、土煙だろうか火事にでもなったのかうっすら霧がかかったようになっていた。


「どうするよ少年?」


 鏑木は僕を見てそう言った。


 どうするって……。化け物なんだろ? 無理だって……。僕に何ができるって言うんだよ。


「たぶん君にまとわりついている禍々しいナニカの色が濃くなってる。きっとその化け物と繋がってるんだろうな。この村でもたまにあんな化け物ほどとは言わないが怪異というか『あやかし』が出るんだ。俺の火の玉で倒せる場合はいいんだが、たいてい俺は逃げ出すことになる。自分の命は大事だからな。その結果、憑かれた人間は喰われて死ぬ。そうするとそのあやかしは落ち着くのか消えちまうんだ。でも、たぶんあそこで暴れてんのは別格だ。君が対象のはずなのに村人を襲っている。この壁の中のすべての人間が対象になっちまったみてえだ。まあ、逃げ場もねえし、順番が違うだけでみんな喰われてお終いだな」


 鏑木を呼びに来たおっさんは『家族が村に残ってるんだ』と言って、再び走って村の方に駆け出していった。


「俺も村の連中もそうだが、君もいずれ死ぬことになる。結局、死ぬことになるのは変わらないけどさ、ベソベソ泣きながら何もせず膝抱えて死ぬか、化け物に一矢報いて死ぬかは選べる。さあ、どうする?」


 その言葉は俺の胸の奥の方に響いた。これまでの人生というには短いものだけど、僕はいろんなことから逃げ続けていた。だから友達も上手く作れなかったし、もちろん彼女なんて夢のまた夢。運動も苦手で華やかな青春の象徴のような運動部にも入らず、残すところ僕だけとなった歴史研究会に在籍している。その逃げの選択の終着地がこの最悪の状況だ。僕は足元に落ちていた武器にするには心もとない木の枝を拾い上げる。


「行きます! 何もできないでしょうけど、最後に僕が生きていた証を残したい!」


「そうこなくっちゃな」


 初めて見た鏑木の満面の笑顔に僕は勇気をもらえた気がした。


 そして僕は村へ向けて右足を大きく踏み出した。

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