香りとの接し方を

11月18日 月曜日 変化の香り

 今日、2日ぶりに先輩と会う。どこか意識してしまう所があって緊張してしまう。別にいつも通りに登校して講義を受けて少し先輩と話すだけなのにソワソワとする。


 時間を持て余しすぎて普段より30分早く家を出てしまった。1コマ目の講義に行くにしても早すぎるので大学に続く道を歩いている学生もまだ少ない。ゆっくりとボーっとしながら歩いていく。まだ濁っていない空気が美味しい。これからはこの時間に登校してみても良いかもしれない。


 講義室に着いても数人しか居なかった。一番後ろの席の窓際の席に座り、隣の席に荷物を置いて松村まつむら先輩の座席を確保しておく。スマホをいじって時間を潰す。


 先輩が講義室に入って隣の席に座った。土曜日に買ったデニムのセットアップを着てくれている。すぐに着てくれているのが嬉しい。


 「おはよう、今日は少し早めに来たと思ったけど陽介ようすけ君の方が早かったみたいだね。」


 「おはようございます。なんとなく来たみたら思っていたよりも早く着いてしまいました。」


 「へぇー、そうなんだ。ところで今日のコーデはどうかな?試着した時に1回見てもらったと思うんだけど改めて聞いてみたいな。」


 先輩が期待に満ちた目で僕を見つめてくる。僕が何を言おうとしているのかもわかっているような顔で見られている。


 「この服を選んで良かったと思えるくらい似合っていると思います。」


 先輩の顔が少し穏やかになった気がする。


 「ありがとう。これからの季節、この服を多めに着てくるとするよ。」


 心なしか先輩との距離が近い気がする。仲が深まってきたと思っているけど、それが僕の勘違いじゃなければ嬉しいな。これからも関係を壊さない程度にゆるやかに仲良くしていきたい。


 「そういえば、陽介君って私が渡した香水を使ってくれてる?そんな感じの香りがしたから。」


 「ありがたく使わせてもらってます。この落ち着いた良い匂いが好きで気に入っています。」


 「気に入ってもらえてよかったよ。香水だから送るの少し悩んだんだよ。香りの好みって難しいからね。」


 そんなに悩んで選んでくれていたんだな。先輩がいろんな事を考えて選んでくれた香りに包まれていると思うと不思議な気持ちになる。


 講義始まり真面目に講義を受ける。今日はなんだかやる気に満ち溢れているので板書から何まで自然と手が動く。


 途中、先輩から視線を向けられていた気もするけどそんなに僕が講義を真面目に受けていることが不思議なのかな?そんな調子で今週の先輩と受ける講義が終わった。


 「今日はちゃんと講義を聞いていたね。」


 「なんだか今日はやる気があったので。」


 「そう言うってことは、これからは真面目に受けない日もあるのかな?私としては普段からちゃんと受けてほしいけどね。」


 「難しい話ですが、善処したいと思います。」


 最後は会話から逃れるような形になってしまった。


 大学内を移動して楽斗らくとのいる講義室まで行く。


 「お、お疲れ。土曜日どうだった?直接聞きたかったから連絡入れなかったんだよ。で、そんな感じだったか教えてくれよ。」


 「そんなにがっつかないでくれよ。まあ、一言で言うと幸せな時間だったよ。」


 「良かったやん。俺に相談しておいて良かったやろ?俺に言ってくれてなかったらと考えるとちょっと怖いよ。あんまりパッとした感じの服とか持ってなかったし、買えなかっただろ。」


 「あの時、お前に話せて良かったと思ってるよ。服もあの時に買ったやつをそのまま着て行ったら褒めてもらえたりしたから。」


 「そうだろ。じゃあ、次の事を考えないとな。」


 「次って何をするんだよ。」


 「そりゃ、また遊びに行ったりするんだよ。そうやってだんだんと先輩と後輩の関係から友達の距離感になっていくんだよ。」


 「わかったけど、、、、。それだけで大丈夫かな。」


 「大丈夫大丈夫。松村まつむら先輩もお前の事を好意的に思ってると思うから。」


 「ホントか?普通に遊びに行っただけなのに?」


 「たぶんね。知りあいの先輩にそれとなく聞いた感じだとあんまり派手な遊び方をする人でもなさそうだったし。」


 そう聞くと先輩が自分には心を許してくれているのだろう。


 「先輩って同期の中ではどんな感じの人なの?」


 「友人関係が穏やかで男女のうわさも特にないって言われてたな。勉強はできる方でテスト前は頼りになるらしい。良かったな黒い噂とか無くて。俺もあの人は良い人だと思うぞ。」


 聞けば聞くほどめちゃくちゃまともな人だな。


 「特に悪いとこの無い人だね。なんで僕に良くしてくれるんだろう。」


 「もしかしたらお前のことが好きなのかもな。今日使ってる香水もどうせ先輩から貰ったんだろ。香水を渡されるって好意を持たれてない限りなかなか渡されないと思うし。」


 「そうなんだ。そうだとしたらもう少し頑張るよ。ってかなんで香水のことがわかったの?」


 「ファッションに無頓着な人間が好きな人と遊んだ後に急に使いだしたら予想できるだろ。お前が自分で買った物を大学に来るために使うとは思えないし。」


 「本当に全部バレてるんだな。」


 「お前が分かり易すぎるだけなんだよ。」


 もう少し顔や態度に思ってることが出ないようにしよう。


 今日の講義が終わって家に帰る途中、冬が目の前に来ていることを改めて実感する。明らかにいつもの同じ時間との違い。昼頃に太陽の温かさに感謝しながらゆっくりと歩く。


 そういえば、なんで先輩は僕に香水を送ってくれたのかな。今日、使っている香水が先輩から貰った物だと楽斗がわかったってことは何か意味があると思うんだけど。


 帰宅してからネットで検索してみると


 『相手への好意を強調するときに送る。』


 『相手に対する独占欲が表れている』


 『送る側からの好意の表れ』


 などと書いてあった。ネットの情報を鵜呑みにするのは危ないとわかっているけどもしかしての期待が膨らんでくる。


 人に対して過度な期待をしてはいけない。絶対に人間関係を壊したくないから。今、小さいながらも幸せを感じることのできるコミュニティーを気づくことができていると思う。僕自身を構成している要素が壊れると勝手に過去の自分が否定されたような気持になってしまう。


 これからの人との関わり方の変化がただ寒い季節となるのでは無く、温かみのあるものにできるようにと祈りながら普段の生活を送っていく。

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