暖かい香りのあの子②
●11月16日 土曜日
よく眠り、気持ちよく目が覚めた。今から準備して家を出れば待ち合わせには余裕で間に合う。ゆっくりと準備をして待ち合わせ場所に向かう。若干早く着いたかもなと思いながら歩いていると
「ごめんね、待たせてしまったかな?」
「全然ですよ。僕が少し早かっただけなんで。」
「じゃあ、さっそく行こうか。まずは、雑貨屋さんだね。」
今日の予定は雑貨屋さん巡り、カフェでの昼食、服屋さん巡りだ。無難な予定だけど陽介君に楽しんでもらえるように頑張ろう。今日の1日で陽介君の事を知っていきたい。
雑貨屋さんって何を買う所なのかを聞かれた。雑貨屋さんは雑貨屋さんだから名前の通りに雑貨を買うんだよと思ったけど、これは多分、陽介君からの会話のパスだ。少し会話を引き延ばしながら2人で歩き続ける。いつもよりも少しぎこちないけどもこの空気が楽しいとも思ってしまっている。2人で並んで歩いていて気付いたけど、陽介君は香水をつけている。今までこの子から感じた事の無い香りが漂ってきている。陽介君も気合を入れてくれていると思うとやっぱり嬉しくなる。
この雑貨屋さんで猫の絵が描かれているマグカップを買った。2つまで私が選んで最後は陽介君に選んでもらった物。いままで使っていたお気に入りの物を割ってしまって少し落ち込んでいたから新しいものが欲しかった。でも、思っていたよりも大切にしたいと思える物と出会えて良かった。2人で選ぶことのできた子のマグカップをこれからは大切に使っていこう。
次にお昼ご飯を食べるために電車でカフェまで移動する。ずっと行きたいと思っていながら行けていなかった所に行ける。ただ、1つ不安なところがある。電車内の混雑だ。休日のお昼頃だから仕方ないけど乗れるか分からないくらい電車が混んでしまう。正直、混雑自体は問題ない。不安なのはおそらく陽介君との距離が限りなく近くなってしまうことだ。そんなに近い距離でこの子の香りを嗅いでしまったらいろいろと我慢できるか分からない。
ようやくギュウギュウの電車から降り、人でいっぱいの駅からも抜け出せた。結果から言うと何の問題も無かった。何故か今日の陽介君の香りには何も感じなかった。ああ、そうか香水を使っているからか。もちろん陽介君の魅力は香りだけじゃない。その表情や私に対する話し方、ちょっとした仕草の愛らしさも好きだけど、好きになった理由が匂いへの一目ぼれだから少し寂しい。
そんな思いを隠しながらカフェでお昼を食べた。カフェは思っていた以上に良い所でこの子にも満足してもらえたと思う。陽介君は会話をしながらパクパクと勢いよく食べ終わっていて可愛さが滲み出ていた。ただ、私には想像以上に料理の量が多くて満腹だったけど少し無理をして完食した。
この重いお腹のまま買い物に行く。重たくなったこの身体、カバンに入ったマグカップ。雑貨屋さんを出たときにも思ったけど少しずつ重量が増えるこの感覚に幸せに感じる。
服屋さんで陽介君が店員さんに話しかけられて固まっている時、なんだかおもしろくて笑ってしまった。
話の流れで陽介君が私の服を選んでくれることになった。選んでいる所を見られるのが恥ずかしいのか、別行動になった。私にとっても都合が良い。だって香水を選びに行けるから。あんまり陽介君に買うつもりは無かったけど、カフェでの会話であの子は私に好意を持ってくれている。じゃあ私は答えよう。いまいち鈍感なところのある陽介君も香水なら送ることの意味を汲み取ってくれると思う。
香水と言っても何を買うかは決めていなかった。どんな香りが好きで何が良いか分からない。あの子の香りを邪魔するのでなく、引き立たせる香り。あまり時間をかけすぎることもできないから少し焦ってしまう。サンプルを試すために腕を動かしたとき、自分のつけている香水を思い出した。この優しい甘さの香りならあの子を引き立たせてくれそうだ。同じ物は売っていないからできるだけ似た香りの物を選ぶ。この香りに気がついてくれるかな?少しアピールしすぎかもしれないなと思いながら、ちょっと恥ずかしいと思いながら理想の香水を買えた。
通路の椅子に座って休憩していると陽介君から連絡が来た。どんな服を選んでくれたのかを楽しみにしながら服屋さんに向かう。
選んでくれたのはデニムのセットアップ。正直、以外だった。それでも、試着してみたらサイズも丁度良く、私に似合う服だった。試着室の鏡の前で立っている自分の顔がニヤついてしまっているのに気づく。その表情を抑えて陽介君に感想を言ってレジに行く。そのつもりだったけど陽介君が自分が払うと言って聞かない。こんな所は頑固なんだね。
あまり遠慮しすぎてもこの子に悪いかもしれないと思って好意に甘えて買って貰った。まあ、私の手元にはプレゼントする香水があるから良しとしてもいいのかな。これを先に買っておいて良かった。
その後もいろんなお店を巡り楽しんだ。どんなお店に行っても楽しくてそのたびに陽介君の事を1つ1つ知ることができた。
そして、もう解散の時間になってしまった。お互いに用事が無いから、この後も一緒に過ごそうと言えば陽介君は過ごしてくれるだろう。でも、行為をしなかったとしても夜を男女で過ごすのは数年前の失敗が頭によぎって怖くなってしまう。思い出したくもない思い出があるからこの一歩はなかなか踏み出すことができない。
そんな理由もあって陽介君とは◇◇駅で解散する。別れ際に香水を渡すことを忘れないようにしてから。
「一日中、私に着いて来てくれてありがとう。」
「お礼を言うのは僕の方ですよ。先輩と遊べて本当に楽しかったので。」
「これ、今日買って貰った服のお礼ね。」
陽介君が驚いた顔をしながら受け取ってくれた。
「じゃあ、そろそろ電車が来たから行くね。本当に今日はありがとう。また、月曜日にね。」
「はい、また月曜日に。」
今日が土曜日で次に陽介君に会えるのは月曜日の朝。数日経てばいつものように会えるのに、いつもは1週間に1回しか会っていないのに、いつもより寂しくなってしまう。私はいつからこんなに寂しがりになってしまったんだろう。
今日を寂しさで終わらせないためにも1日の楽しい思い出を振り返る。振り返ると陽介君を連れまわしすぎたかもしれない。次に遊びに行く時はゆっくりできる所に行こうかな。そして、いつかは隠し事を打ち明けたい。きっとあの子なら大丈夫だと思ってしまう。まだ、深く濃く関わっているとは言えないけども。
家に着いてすぐにシャワーを浴びてベッドに入る。少し不安になってしまった時はあったけど、あの子のことを考えていると安心して穏やかな気持ちになれる。
月曜日はさっそく陽介君に買って貰った服を着ていこう。月曜日に会った時、あの子はどんな言葉をくれるんだろうか。今日、試着した時に似合っているとは言ってくれたけどもっと多くの言葉が欲しいと想ってしまう。
どんな言葉でもきっと私を幸せにしてくれる予感がある。もっと先輩として頼れる姿を見せたいけど、どっぷりとした甘く優しい香りに包んでもらえたらと考えると暖かくなってしまう。こうやって想いが暴走してしまう所がダメなんだけどな。そう思いながらも妄想の甘さに沈んでいく。
幸せに浸りながら眠りに落ちた。
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