11月22日 金曜日 湿り気の香り①
ゴーゴーとしたうるさい音で目が覚めた。窓から外を見てみると台風並みの土砂降りだった。急いでスマホを確認すると大学からのメールが届いていた。
『本日は大雨のため休講といたします。大学までの公共交通機関も運休となっているので学生の皆様は自宅にて学習に励んでください。また、補講等に関しましては各先生方からの指示に従ってください。』
大学が休校になるほどの悪天候なんて珍しいな。でも、補講があるとはいえめんどくさい講義に行かなくても良くなったのは嬉しい。今日は金曜だし三連休をプレゼントしてもらったような気分になる。
何をしようか。最近、先輩が観ていると言っていたドラマの一気見でもしようかな。気持ちよく朝ごはんを食べて朝風呂にも入った。最高に気分の良い休日がスタートした。
一旦、ドラマは3話まで見終わった。あんまりドラマには興味なかったけどこれにはハマりそうな気がする。小休憩にインスタントのカフェオレを飲むために立ち上がる。お湯を沸かしていないことに気が付いてコップに粉を入れただけになってしまった。電気ケトルに水を入れてスイッチを押して準備をする。
お湯が沸くまでの数分の時間を持て余した僕はもう一度、窓から外を眺める。いまだに雨や風の勢いが収まる気配が無い。もし、大学からの連絡が来る前に学校に行ってしまった人がいたら可哀そうだな。そうやってボーっとしているとカチッとお湯が沸いた音がした。暖房の効いた暖かい部屋でカフェオレを飲んでいると眠くなってきてしまった。外は風雨の激しい音が鳴っているけど、部屋にいることで変な心地よささえも感じる。いきなりできた完全に気の抜けた休日を堪能しているとその穏やかさをすべて消し去る光が小さく点灯していることに気が付いた。
『ごめん。たしか、
『僕なら大丈夫です。今から迎えに行きますね。』
『ありがとう‼迎えに来てもらうのは悪いから住所教えてよ。』
『すみません。もう家を出ちゃったので大学まで行きます。』
先輩からの連絡を見たときには家を出ていた。外は部屋の中から見る以上にひどい雨と風で傘が持っていかれそうになった。なんでこんなに天気が荒れるんだよ。今はもう11月の末だぞ。さっきまで感謝していた天候に悪態をつきながら大学に向かっていく。
大学に入ってすぐの学生ホールに先輩がいた。
「すみません。待たせちゃって。」
「本当にごめんね。私のせいで迷惑をかけてしまって。」
「大丈夫ですって。取り合えず僕の家に行きましょう。」
「ごめんね。本当にありがとう。」
濡れたことによる寒さのせいか、先輩が弱々しい。帰宅途中でも少しうわの空で何回か足を滑らしそうになりそのたびに声をかけても何かを我慢したような顔でごめんねと言われた。
家に入ってすぐに先輩にタオルを手渡して身体を拭いてもらう。先輩の方を見ると少し震えているように見えた。
「先輩、震えていますけど大丈夫ですか?」
「ちょっと冷えてしまったかもしれないね。」
本当に寒そうだ。暖房の効いた部屋にいても震えが収まる気配が無い。このままでは先輩が風邪をひいてしまうかもしれない。
「すみません。変な意味に聞こえてしまうかもしれませんがシャワー浴びてください。このまま先輩が風邪をひいてしまったらダメなので。もし、僕のことが信用できなかったら近くに住む友達の家に行くので。」
先輩は一瞬悩んだそぶりを見せて答える。
「君のことは信用しているよ。だから、シャワーを借りるね。できれば、スウェットか何か着替えも貸してくれるとありがたい。」
先輩がシャワーを浴びに行った。この時間で先輩に来てもらう服とタオルを用意しておく。ああ、そうだ。冷めてしまったお湯をもう一回温めておこう。
先輩が出てくる音がする。できるだけお風呂場から離れたところで待機する。そして、テレビを点けて音を流しておく。先輩が動く音をなるべく聞かないようにするために。
「シャワーを貸してくれてありがとう。さっぱりしたよ。このスウェットも丁度良く着ることができているよ。」
テレビ前の床に座りながら話し始める。ソファーは一応、2人掛けだけど横幅が狭めの物だから先輩に座ってもらう。
「僕が少し大きめの部屋着を持ってて良かったです。先輩って身長何㎝なんですか?少し前から気になってて。」
「たしか、今年の健康診断の時に測った身長が172㎝くらいだったと思うよ。」
「僕よりも4㎝くらい高いんですね。僕はあと2㎝は欲しいので羨ましいです。」
「私は逆に要らないくらいだから君にあげたいな。」
「あ、お湯を沸かしてたので何か飲みますか?あんまり種類も無いですけど。」
「何があるのか聞いてもいいかい?」
「えーっと。カフェオレとココア、抹茶オレです。」
「それならココアをもらうよ。」
「わかりました。」
2人分の飲み物を用意してテーブルに戻る。普段、少し見上げている先輩を見降ろしていることに新鮮さを感じながら。
「たぶんめちゃくちゃ熱いので気を付けてください。」
「君は今日、心配性すぎるんじゃないかな。」
「すみません。どうしても心配になってしまって。先輩が弱っているようなところを初めて見ましたし。」
今日の先輩は本当に弱々しく見えてしまう。雨に濡れていたことによる寒さのせいもあると思うけどそれ以上に何かを怖がっているようにも見える。
「さすがに寒くてね。今はとても暖かいからホッとしてきたよ。」
「暖かくなっただけにhotってことですね。」
「ふふっ。そうだね。面白い。」
先輩から漏れたのは明らかな愛想笑いだった。せっかく温まった空気が冷めてしまったかもしれない。でも、先輩の顔がいつものように柔らかくなってきたから安心する。ようやくリラックスしてもらえてるのかな。
「君は普段、この部屋で何をしてるの?あんまり趣味の話を聞いたことが無かったきがするんだけど。」
「僕は本当に趣味と言える趣味が無いですね。なので、スマホでSNSを観たり何となくテレビを観たりですね。」
「ちょっともったいなくないか?華の男子大学生がそんな調子で。もう少しいろんな楽しみ方を試してみるの方が良いと思うよ。」
「わかってはいるんですけどなかなか難しくて。あ、そういえば先輩が観てるって言ってたドラマを少し観てみました。」
「良いね。あのドラマは特に面白いと思ったからぜひ最後まで観てほしい。何なら今から観ようよ。」
「先輩は1回観たんですよね。2回目になっちゃっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。面白いものは何回でも観たいし。それに、回数を重ねるごとに違った感想が出てくることもあるしね。」
「わかりました。続きが気になってたので楽しみです。」
先輩と僕の部屋でくつろぎながらドラマを観ることのできる事に感謝しなければいけない。
「そこに座ってたら君は観にくいだろう。だから早く隣に座りなよ。」
「え!?良いんですか?」
「良いから言っているんだよ。というより、君の部屋なんだから私が言うことの方がおかしいんだよ。ほら、早く。」
「わかりました、、、、。」
ドラマに集中できるか怪しくなってきた。
こうして緊張の中、先輩とのドラマ鑑賞が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます