第7話 実際の失敗例は目の前にある

 急速な人件費の高騰は悪影響を及ぼす。


 その“実例”として、韓国の現状を見てみよう。


 韓国では左派政権の文在寅ムン・ジェイン時代に、大幅な賃金引き上げと有給保証を法律で義務付けた。


 変動幅が大きい年では前年比で16%を引き上げ、直近10年で実に倍増させた。


 更に有給保証によって、『週15時間以上の労働をさせる場合、週1回は有給を保証しなければならない』ともなっている。


 そんなこんなで、韓国は日本の賃金を超えたとニュースにもなっていた。


 しかし、これは結果から言えば大失敗がある。


 それは大量の失業者だ。


 上記の人件費の高騰により、中小企業が雇い止めを連発したためだ。


 最低賃金の上昇によりコスト増となり、人を雇えなくなった中小企業が労働者を次々と解雇。


 『週15時間以上の労働には有給保証』という項目から、『週14時間に抑える細切れバイト』が増加した。


 さらに深刻な問題なのが、大手と中小の賃金格差だ。


 日本の場合、大手の賃金を“100”とした場合、中小企業のそれは2002年では“64.2”で、2022年では“73.7”と差が縮まっている。


 一方、韓国の場合はどうかというと、2002年で“70.3”だったが、2022年では“57.7”とむしろ差が拡大してしまっている。


 つまり、韓国においてはすでに、“大手に就職しなければ生活もままならない”ところまで、賃金格差が深刻化しているのだ。


 なにしろ、中小はまともな雇用を放棄し、細切れ雇用ばかりになってしまっているからだ。


 しかも、そんな細切れ雇用さえ就労者として計上しているのだから、数字の上では失業率は低くなっていても、実際は不安定な雇用状況なのだ。


 最低賃金、平均賃金はなるほど、たしかに韓国が日本を上回ったのだろう。


 だが、実態はこれである。


 正規雇用が大幅に減った、という現実がある。


 さらに問題なのは、大手企業の雇用枠というのもある。


 国際的には“従業員250人以上で大手企業”と分類しており、その割合で見てみると、アメリカ57.7%が一番高く、フランス47.2%、イギリス46.4%といった感じだ。


 日本は40.9%と、最近になって40%を超えたというデータがある。


 では、先進各国に対して韓国はどうかというと、なんと13.9%なのだ。


 つまり、大手企業に就職しないと生活もままならないのに、その大手企業の雇用枠が、全雇用枠の13.9%しかなく、他の先進国に比べて圧倒的に少ない。


 さらに問題なのが、歪な経済形態にある。


 韓国の四大財閥、サムスン、ヒュンダイ、SK、LGが、韓国のGDPにおいて、実に4割も占めている。


 というか、サムスンだけで2割も占めている状況だ。


 一部の大企業が突出して大きくなるのは、途上国でままあることではあるが、韓国は先進国の仲間入りをしてはいるが、この歪な状況からはまだ脱皮できていない。


 しかも、そのサムスンの主力である半導体事業も、ここ最近では減収傾向にあり、厳しい状況だ。


 そんな事もあって、韓国の就職事情は極めて厳しく、大手企業の狭き門を巡って、過酷な受験戦争、就活戦争を潜り抜けねば、まともな生活などできなくなっている。


 結果、現れたのが“就職浪人・30歳新入社員”だ。


 大手に就職できなければ、真っ当な生活すら危ぶまれるため、皆がこぞってそちらに就職をしようとして、就職準備期間と称し、大学卒業後もずっと就職活動に従事する傾向にある。


 結果、30過ぎて大手就職を諦め、そこから新社会人というとんでもない状況になっている。


 もう一つのパターンとして、“医者になる”というのもある。


 しかし、ここにも落とし穴がある。


 医者ともなると高給取りではあるが、そこも皮膚科と整形外科に志願が集中しているのだ。


 要するに“美容関係の医者”が儲かるからと、そちらに行ってしまうためだ。


 おまけに理工系の学部の合格者が、休学して医学部への再受験を希望するケースも多発し、将来の理工系の人材が不足する危惧が指摘されている。


 そんな状況であるから、家庭を持つなど不可能事になっており、出生率がみるみるうちに低下。


 今や韓国の出生率は今や“0.78”と世界最低を記録している。


 少子高齢化だと騒がれている日本でさえ、“1.2”だというのに、それよりもはるかに上回る規模で少子高齢化が進む事が確定してしまっている。


 そして、行きつく先が“博打”である。


 大手企業にも入れず、医者にもなれず、人生お先真っ暗。


 一発逆転を狙って、借金をしてまでも、株や不動産、仮想通貨やFXに手を出し、大失敗をやらかすという事例が、ここ数年で急増。


 一部の成功者を除いて、借金苦に圧し潰される20代、30代が次々と現れる結果になってしまった。


 かなり極端な例になってしまったが、これが韓国の経済の実態である。


 経済で日本を超えたとか言っているが、そんなことはない。


 要するに、上澄みの一つまみを見せて、「すげぇだろ!?」と言っているに過ぎないのだ。


 そして、その“上澄み”に入れなければ、人生詰み。家庭、家族を持つ事も出来ず、自然に消えていく状態にまで陥ったのが韓国なのだ。


 これも急激な人件費の高騰が引き金となり、中小企業の雇い止めと細切れ雇用が蔓延した結果である。


 このような実例がある以上、日本は他山の石として、戒めなければならない。


 こうした事を踏まえ、イギリスの財政研究所の『ジョナサン・クリブ上級研究エコノミスト』は最低賃金引き上げの問題点を2つ指摘しています。




1、最低賃金の引き上げが労働者の生産性向上を伴わない限り、コスト増になる。消費者の負担が膨らむか、会社の利益を減らし、他の労働者の賃金カットにつながるかもしれない



2、最低賃金が引き上げられると、使用者が雇用や労働時間を減らす恐れがある




 要するに、会社(雇用側)に利益が出ているのであれば、最低賃金の引き上げ分を十分吸収し、次に繋げていく事ができるが、そうでない場合は様々なマイナス面が浮き彫りになるという事だ。


 最低賃金の引き上げは当然であるにしても、あまりに急ぎ過ぎては、コスト増の分を雇用側が吸収できる体制が整う前に破綻すると警告している。


 まさに、韓国で起きた事そのものだ。


 そして、日本で取りざたされている『時給1500円』というものも、それの引き金になる危険性を孕んでいる。


 何度でも言いますが、インフレ傾向である以上、賃金上昇は当然であるし、最低賃金の引き上げにも反対しません。


 しかし、急激な上昇には断固として反対します。


 すぐ目の前に、分かりやすい失敗例があるのですから。


 中小企業が細切れパートばかりになって、経済が立ちいくと考えているのか、今一度問いかけたい。


 回収不可能なコスト増は、破滅への第一歩である。


 そして、日本の農家はそれを突き付けられている状況だ。


 大手しか生き残れないのであれば、大規模集約した農場だけが幅を利かせる状況になる。


 大地主と小作農の時代に逆戻りしかねない。


 『時給1500円』は地獄への片道切符である。


 そうではないというのであれば、是非時給1500円でも可能な農業施策を示してもらいたいものである。


 農業の現場は既にカツカツであり、これ以上の急激なコスト増には耐えられない。


 自己責任論を振りかざすのであれば、離農が相次いで農家がいなくなり、食料が店先から消えても自己責任で完結させる。その覚悟の上で述べて欲しいものだ。

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