第8話 進まない省力化対策

 人は減る。あるいは減らさざるを得ない。


 農業をやる者にとって、これは避けられない命題である。


 当然、その破滅的な未来を回避するべく、現場はもちろんの事、農機メーカーや各種農薬や肥料のメーカーも日々努力している。


 その救世主となるべく登場した存在は、“AI”や“ドローン”などの最新技術を用いた新農法である。


 具体例を挙げれば、ドローンによる空中からの農薬散布がそれだ。


 今までの農薬散布ともなると、重たいタンクを担ぎ、畑の中を行ったり来たりが当たり前だった。


 それがドローンを操作する事により、畑に入らずとも、ラジコン感覚で操作すれば農薬を散布できるようになったのである。


 ちなみに、この技術はすでに確立しており、一部ではすでに使用が始まっている。


 しかし、これでは不十分だ。


 なぜなら、ドローンの操作資格と使用できる農薬がないからだ。


 ドローンにタンクを取り付けて、空中から農薬を散布する。


 なるほど、確かに画期的であるし、マンパワーを削るのには最適だ。


 しかし、出来ない。使える農薬がないからだ。


 現在使用している農薬は、おおよそ1000倍とか2000倍の希釈で使用するものがほとんどである。


 そのため、農薬散布ともなると、100Lとか200Lとか、タンクに大量に作り、 そのタンクに動力噴霧器を取り付け、長いホースを伸ばし、畑を往復して散布するというやり方だ。


 基本は現在のやり方とドローンのやり方は変わらないが、ドローンは空中散布という特性上、ホースを伸ばす事が出来ない。


 言ってしまえば、コードレスの状態である。


 そのため、小型のタンクをドローンに取り付け、それで空中から散布するというやり方になる。


 しかし、それではドローンで持ち運べるタンク容量には限りがあるため、ちょっと散布したらすぐ中身が切れるという状態になる。


 そこで高濃度でも使用できる農薬が必要になって来る。


 仮に希釈1000倍だとすると、100Lの希釈農薬を作るのであれば、100mlの原液を入れる事になる。


 しかし、100Lのタンクを持ち上げられるドローンなど存在しない。


 そこで考えられたのが、高濃度希釈と少量散布で従来品と同様の効果を発揮する農薬の開発だ。


 希釈濃度が100倍、散布量が10分の1で済むようになると、ドローンでの散布も可能になる。


 10Lのタンクで、従来の100Lと同じ効力を発揮できるというわけだ。


 しかし、問題がある。


 使用許可の下りている農薬が全くないのだ。


 なにしろ、希釈濃度が変更されているため、ちゃんと効力が発揮されるかどうかの臨床試験が必要であるし、場合によっては新製品の開発が必要になる。


 ドローン散布の技術が確立しようとも、使える農薬が無ければ意味を成さない。


 ハードがあっても、ソフトがない状態と言えよう。


 ここはメーカーに頑張ってもらわなくてはならないが、ここで足を引っ張るのが政治家の遅い動き。


 すなわち、機械化、自動化に必要な“法整備”がまだまだ不十分だということだ。


 自動運転などがいい例だろう。


 AIの発達により、自動運転の精度が向上してきた。


 しかし、“トラクターの自動運転”はまったくの手付かず状態。


 自動運転タクシーなんぞより、こっちをやれと言いたい限りである。


 田舎の方が人手が足りていないと言っているのに、完全にほったらかしだ。


 北海道では自動運転トラクターは導入されているが、『自動運転レベル3』のトラクター止まりであり、まだまだ省力化に貢献しているとは言い難い状況である。


 所詮、都市部出身の政治家ばかりで、地方の危機的状況なんぞよりも、都市部を走る自動タクシーの方が重要なのだろう。


 ここが“一票の格差”よりも“影響力の格差”を重視した偏重。


 地方の政治家が減り、都市部の政治家ばかりになった結果、都市部の整備が重点に置かれ、地方が捨て置かれている現状なのだ。


 あと、個人的にはドローンの法整備もさっさと進めて欲しい。


 空港と自衛隊基地が近くにあるせいで、そもそも自分の畑の上をドローンが飛び回る事すらできないのだ。


 高さ制限を設け、それに見合う企画のドローンを作り、さっさと飛ばしたいのであるが、そんな話は全く湧いてこない。


 世の中便利になって来てはいるものの、都市部と田舎でその格差が広がる一方である。


 機械化が進み、農業もかなり省力化できてきているのは事実だが、これからますます田舎の人手がいなくなるのは分かり切っているのに、動きがあまりにも遅すぎる。


 人手が足りないから、機械化、自動化を進めて省力化に努めるという方向性はすでに出来上がっている。


 しかし、法整備がそれに追い付いていない。


 本当に『地方創生』を政治家が考えているのであれば、この点を頭に刻み込んでいて欲しい。


 農村のハイテク化こそ、農業を救う唯一の活路なのだから。


 今はまだ、余力のある農家はいる。


 しかし、時間の経過と共に、若さと活力が失われ、それによる生産力の低下により、機械に投資する資金も失われていく。


 ここで踏みとどまらなければ、本当に後がない。


 やる気のある若手が一切いなくなったら、もう誰も投資なんてしませんよ。


 機械が壊れた。買い替える余裕もない。借金しても、返せる時間的猶予もない。


 しゃ~ない、離農しよう。


 これが今の農村部での流れだ。


 若手がいる間であれば、まだ働ける期間もあるので、将来を見越しての買い替えもできるが、老人となるとそうもいかない。


 スパッと割り切って、離農してしまう。


 そうなる前に、法整備を進めつつ、新しい農機、農法の確立を急がねばならない。


 技術は確立している。


 若手がいるならば、それを利用した新農法を馴染ませる事もできる。


 後は本当に、さっさと法整備を進めるという話。


 政治家よ、本気で日本の農業の将来を憂うのであれば、死ぬ気で法整備を急げ。


 今の農村を維持できるのは、せいぜい十年がいいところだ。


 幸い自分のいる地区は若返りに成功し、割と若手が出揃っているが、こんな恵まれた地区は珍しい。


 本当に老人しかいない地区なんぞ、いくらでもある。


 機械化を進め、昔ほど農業は過酷でないと啓蒙し、新規参入を図るより他になし。


 ちゃんとすれば農家は儲かると、国を挙げて喧伝するのだ。


 実際、自分も役所からの補助を受けつつ、農家を始めて7年目。


 稼ぎは年2000万を超えていて、借金もどんどん減っている。


 しかし、問題点があるとすれば、やはり人手。


 雇っている人達は、ほぼ爺さん婆さんばかりである。


 あと数年もすればいなくなるであろう。


 それをどうにかしなくては、今の体制を維持できない。


 余力があるうちに、省力化に努めなくては、その数年後が厳しくなるのは眼に見えている。


 現場でのやりくりにも限界があり、本当に法整備が必要な状況なのだ。


 もし、完全自動運転が実現すれば、トラクターが畑を耕運し、ドローンが農薬散布しながら、作業小屋で白ねぎの梱包作業ができるようになる。


 これをやりたい。やらなくてはならない。


 そんなハイテク農村を夢見ながら、今日も畑にボロい軽トラ(走行距離15万km)を走らせているのが私です。

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