第6話 収入が増えないのに経費ばかりが出ていく状況

 先述しましたが、ここ最近のコスト増はかなり厳しいものがあります。


 もちろん、インフレ傾向なのでそれは当然ですが、問題があるとすれば、その値上がりが“末端”には行き渡っていない事です。


 農業で言えば、生産コストの上昇が、収入と全くリンクしていないという事です。


 燃料、肥料、人件費、そのすべてが上昇しています。


 その上昇幅は数%とかではなく、数割というかなり大きいもの。


 上がっていないのは、“土地の賃借料”くらいなもんです。田舎の土地は安い。


 ですが、農作物の売値は変わっていません。


 店頭で並ぶ際には上昇しているように感じますが、それはあくまで店頭価格。


 農家の手にする金は変わっていません。


 畑から店頭に並ぶ間、例えば、“輸送費”や“保管料(場所代や冷蔵庫の電気代)”が上昇しているのであって、生産者の売り上げ、増収には何ら寄与していないのです。


 コストばかりがどんどん上がり、買取価格はそのまま。


 収入増がないのに、支出増だけが加速する。


 そりゃ苦しくなりますよ。農家を始めとする、一次産業従事者、食料生産者は。


 インフレの恩恵を一切受けずにいるのですから。


 そこに『時給1500円』が加われば、もう限界突破です。


 自分も人件費の上昇には反対しません。


 だが、その分の増収が見込めないのに、人件費だけ上げろと命じる点には、断固として反対します。


 ギリギリで回しているこの状況。コストは増えても、増収がないのが今の農業。


 それの補填や対策はあるのかと思えば、ゼロ回答な状態です。


 食料自給率云々はよく耳にしますが、それの対策がずさんを通り越して無知そのもの。


 農村部、食糧生産の現場を、政治家も、官僚も理解していないのが丸分かりです。


 一月でもいいから、農繁期の農家に研修で来てみろと思いますわ。


 それと、過去五年分程度の農家の帳簿の閲覧もね。


 どんだけ苦労しているか、実体験と数字を見て、それから判断しろと。


 インフレだ、値上げだというのは構わんが、“今の状態で助かっている”と自覚して欲しい。


 なぜ助かっているのか?


 都市部の人間が知らない“農家の犠牲の上”に、店頭価格が成り立っているからだ。


 はっきり言おう。もしインフレ分、増えた経費の分を店頭価格に上乗せすれば、さらに五割増しくらいは考えてもらわなくてはならない。


 それだけ経費が上昇しているのだ。


 今の上昇幅で助かっているのは、インフレ分を農家が受け取れない状況にあるからに他ならない。


 農家の犠牲の上に成り立っているのが、今の“優しいインフレ状況”なのだ。


 農家に価格決定権はない。


 作物の流通の大半はJAが握り、卸売市場で競り落とされ、店頭に並んでいくのが通常の流れだからだ。


 農家の介在する余地はない。


 言われるがままに作物を出荷し、保管料、出荷手数料、出荷資材代を引かれ、残ったのが収入になる。


 これが農業の実態である。


 価格設定もできず、経費だけはどんどん増えていく。


 その上で、『時給1500円』になればどうなるかは自明だ。


 農家が農業を捨てる。


 間違いなくそうなる。


 ただでさえギリギリ。人件費まで五割増(現在の鳥取の最低賃金は957円)になれば、もう農家は耐えられない。


 それでもなお、自己責任論を振りかざそうというのだろうか?


 そして、農家のいなくなった農村が出来上がり、食料供給源が潰える。


 回り回って、都市部もその余波を受け、食料が無くなるのだ。


 当然それは自己責任である。


 農家が潰れて当然であるならば、無くなった食料によって、餓死する者が現れようと、それすら自己責任で片付ける事になるのだから。


 それともいっそ、モーリシャスのように開き直るというのだろうか?


 アフリカ東海岸の更に先、インド洋に浮かぶモーリシャスは食料自給率が極めて低い国である。


 なにしろ、自給率は0に等しい。穀物類に至っては100%輸入品頼りだ。


 島の畑は“砂糖”しかないというモノカルチャー農業。


 自給している食料品と言えば、砂糖と酒類くらいなものだ。それと魚か。


 あとは衣料品工場。人口密度が高い国で、人手が大いにあるため、衣料品の工場が立ち並び、マンパワーを吸い上げ、失業率を押し下げている。


 そして、観光。バカンス地として、ヨーロッパでは極めて人気が高い。


 砂糖栽培、繊維業、観光、この三本で国を回しているのがモーリシャス。


 日本もこれくらい開き直るべきなのか?


 はっきり言って無理である。


 日本の国土、地政学的立地がそれを許さない。


 人口も日本とモーリシャスでは100倍違う。


 開き直ったモノカルチャー産業構造など、絶対にできない。


 であるならば、その土地に合わせた産業構造を考えるしかなく、地方に行けば農業も立派な基幹産業なのだ。


 農業が無ければ、地方経済は死ぬ。


 産業構造が崩壊して、人のいない農村が出来上がるからだ。


 当然、農業に付随している各種産業も死ぬ。


 機械の販売や修理、運輸関係、肥料や農薬の販売、これらも全部必要なくなるので、みんな揃って失業だ。


 当然、JAも地場の農業が廃れれば、職員の大半は不要である。


 クビ、クビ、失業! そして、誰もいなくなる。


 それを自己責任だというのであれば、都市部に食料が入って来なくなっても、自己責任で片付けて欲しいものである。


 そんな短絡的な視野の持ち主が、政治家にもいるのが現状だ。


 コストや物流を無視して、経済が成り立つというのだろうか?


 問題があるとすれば、地方の問題を認知している政治家の数が減って来ている事だろう。


 “一票の格差”にかこつけて、どんどん地方の政治家が減っていき、都市部の政治家の数だけが増えていく。


 これでは地方の認識が疎かになるのは確実だ。


 “一票の格差”よりも、“影響力の格差”や“認識の格差”の方がより深刻ではなかろうかと思う。


 都市部の温室育ちのボンボン政治家に、地方の苦労など分かろうはずもない。


 まして、鍬をもって畑を耕した事もない都会育ちに、僻地の農村部のことなど別世界の話なのだろう。


 しかし、破滅は確実に近づいてきている。


 そのトリガーが『時給1500円』である。


 何度でも言う。


 人件費の上昇には反対しない。


 しかし、農家の増収には手を打て。それも迅速に。


 もう農家が持たん時が来ているのだ。


 極端な話、他のあらゆる産業が滅びようが、人間が生物である以上、“水と食料”があれば生きていける。


 幸い、日本は水という資源には恵まれている方だ。


 国土も山がちとは言え、肥沃な場所も多く、食糧生産も可能である。


 しかし、それを維持するためには、国民の意識が極めて重要だ。


 食料が当たり前のように存在する、これが崩れようとしているのだ。


 農業、それに物流、これなくして都市部の生活は維持されない。


 その事をどうか頭に叩き込んでおいて欲しい。


 当たり前は当たり前でない。


 何かの犠牲の上に成り立っているのだ。


 そして今、犠牲になっているのは間違いなく、“農家”なのだ。


 コスト増に喘ぎ、それでいて収入が一向に増えない。


 その上で『時給1500円』を実行すれば、間違いなく農業は崩壊する。


 儲からない商売なんて、誰もやらないからだ。


 そして、日本はますます食料自給率を落とし、輸入に頼るようになる。


 外交上、これは非常にまずい。


 強い発言権が失われる要因になる。


 弱い日本に、国際貢献が務まるとでも思っているのだろうか?


 地方から人がいなくなり、それでよく『地方創生』などと宣えるのだろうか?


 どちらも NO! である。


 改革は必要だ。


 だが、打ち出される施策は、“悪い方向”への改革ばかりだ。


 人のいなくなった農村を、為政者たちは望んでいるのか?


 一体誰が、君たちの食べる食料を作っているのか、理解しているのだろうか?


 疑問は尽きないものである。


 自分はまだ若い(42歳でも若手扱い)からどうにかなっているが、ご年配の方々には厳しい。


 体力も、資金も、何よりやる気が失われていく。


 『時給1500円』は間違いなく悪影響を及ぼす。


 農村の現状を見てから判断してみろ。


 これは生産現場からの切なる願いである。

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