第10話 楽しい夕餉

「おじゃましまーす!」


 スーパーの買い物袋を手に下げたいろはちゃんがオレのアパートに上がり込んできた。


 やっべ。


 この部屋に女性が入るなんて、田舎の母親以来だぞ!



 しかも、これから料理を作ってくれて、一緒に食べるという。


 これ、もうオレ勘違いしてもおかしくないよね?


 しかし、冷静になるんだオレ。



 この段階ではまだ、単に職場の上司であるオレを尊敬してくれて、その健康を慮ってくれているという可能性もとても大きいのだ。


 もし、そんな状態で好きだと言ったり付き合ってくれとか言ったりしてドン引き&軽蔑されたらオレは仕事をやめなきゃいけない。


 うん、この年になると女性と恋愛関係になるのも人生賭けなきゃならないのだ。


 失敗の許されないミッションに挑むよりは、日和って現状維持がモアベターである。


「台所借りますねー。」


 そしてエプロンを付けて料理に取り掛かるいろはちゃん。


 新妻かよ!



 妄想がはかどって仕方がないオレは、いろいろ鎮めるべくPCを起動して、『ブリルリアルの栄枯衰退』も運営サイトと攻略wikiのウインドウを開いておく。


 これからオレが説明する内容が世間一般のデフォ仕様でないことを証明するためだ。


 そしてなんとなく落ち着かない時間を手持ち無沙汰のまま過ごし、15分ほど経過したときのこと、



「お待たせしましたー」


 いろはちゃんが、大皿に盛った回鍋肉を持って6畳間にやってきた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「いやー食った食った! 美味しかったよ! ご馳走様!」


 あらかじめ炊いておいた3合の白米がすっかり空になり、余は満足じゃ状態になったオレ。



「ほんとうは肉じゃがとか、もっと手の込んだもの作りたかったんですけど。あんまり時間かけてもいけないかなって、簡単な炒め物にしちゃいました。お口に合いました?」


「もちろんだよ!」



 レトルト調理パックも使わず甜面醤と豆板醤から味付けしてくれた回鍋肉が不味いわけがないじゃないかー!


 なんでも、今日使った調味料、わざわざ買ってきてくれたらしく、「このまま置いて行っていいですか? また使いますので」なんて言ってくれました!


 これ、もう彼女だよね?! 通い妻だよね!?


 まあ、このくだりばっかり繰り返すわけにもいかないのでこの辺で落ち着いて、本題に戻らないと。



 そう、今日いろはちゃんは例の魔法とVRMMOとの関連の話を聞きに来たのだ。



「ねえいろはちゃん、魔法使った後、『ブリアル』にログインした?」


「いや、魔法の時はですぐ寝ちゃって、それから出勤も続いていたので疲れて出来てないんですよー。今日帰ったらINしてみますー。」



 そっか、帰っちゃうのかいろはちゃん‥‥‥って当然だろうに!


 でも、健気に台所で洗い物をしてくれているその後ろ姿を見るだけで幸せなんだ。これ以上は求めちゃいくない。



「そっか、オレの場合なんだけど、INするときになんか違和感? みたいなの感じたんだ。そして、ゲーム内にはいったら、戦士ビルドのオレが火魔法と水魔法使えるようになってた。」


「え! それって例の魔法と同じ属性ですよね? 魔法の種類とかレベルはどうなってました?」



「それが、種類やレベル標記はなくて、ただ属性が書かれているだけでさ。不思議なんだよね。運営サイトとか攻略wikiなんか見てもそんな情報全くないし。」


「へえー、それはとっても興味深いですね! でも、それだけじゃないんですよね?」



「うん。その逆、つまり、ゲーム内のビルドした能力も、現実世界に反映されていたんだよ! オレ、とんでもなく力持ちになってたんだ! 200㎏のバーベル上げられたんだぜ!」


「うわー! それってすんごい不思議ですねー! じゃ、じゃあ、私の場合ってどうなっちゃうんでしょう?!」



「そういえば、いろはちゃんのビルドってどんな感じなの?」


「私はですねー、精霊術系のビルドなんですよ! 精霊さんのチカラ借りてー、戦闘だと補助の加護でバッファーで、生産のほうにも加護もらって錬金とか薬師とか幅広いんですよー。」



「へー、それって、現実世界じゃ何でもありのチートになっちゃうんじゃない?」


「んー、でも、手広くし過ぎてひとつひとつが中途半端というかー? それに現実世界に精霊さんいませんからどうなるんでしょう?」



「わからないよ? これだけ不思議現象が起きてるんだし、明日いろはちゃんが肩に精霊のっけて出勤してきても驚かないよ?」


「あー、でも私あしたお休みなのでー、お披露目はその後ですねー」



「あ、そっか。やべ、部下のシフト覚えていないなんて大変失礼!」


「いえ、そんなことないですよ! 逆に全員のシフト覚えてたら引きますって!」



「そうだよね。」


「あ、じゃあ私今日は帰ってINしてみますね! 楽しかったです! また来ます!」



「はーい、今日はありがとね。ご馳走様。おいしかったよ」


「ではまたー!」



 いろはちゃんが帰ってしまった。


 なんだろう、すんごい寂しい。



 さて、明日は早番だから、風呂に入って早めに寝るか! 


 いい夢見れたらいいな!




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