「矛盾していませんか……?」

ファイトが終わったと同時に実体化が解けた刀が消え去り、ごぽりと血が溢れてきました。

楽しかった時間が終わり、高揚が抜けると同時に体も冷めていく感覚に頭がどんどん冷静になっていく気がしました。



白掟ハクジョウ様、気をしっかり!」


「嘘だろ……マジで死にかけてる…?」


「アンタら、ソイツ死なせたくなかったら、こっちにぃ!!」


「貴様らの言う事など聞くか!!惹琴マネゴト神牙ジンガ駆魔カルマ!!足止めをしろ!!」



ふわりと体が浮いた気がして、そのまますごい勢いで運ばれている気がしました。

しばらくして、衝撃と体が降ろされる感覚に目を覚まします……いつの間にか気を失っていたようですね。



白掟ハクジョウ様……白掟ハクジョウ様、まだ生きていますか……?」


「ええ……血は、止まりませんが……一応、元気ですよ?」


「良かった……」



安心しきった顔のジュンくんの横で仰向けに眠っている私ですが、ここはどこなのでしょうね?

体を起こそうと動いた瞬間に、そっと手でその動きを制されます。



「安静にして下さい……動けば血が出て死んでしまいます。ですがご安心を……














私以外の者の手で死なせはしませんから」



最後の言葉が聞き間違いかと聞き直そうとした瞬間に、私の動きを止めていた手がするりと私の首に掛かります。

ゆっくりとしかし確かな力で締め上げてくるその手を止めようと私も腕を伸ばしますが"ギアスファイト"で負けた影響か力が全く入りません。

そのまま馬乗りの体勢になった彼はどこか遠くを見るような目で私を見下ろしています。



白掟ハクジョウ様……今なら邪魔者はいませんし、あなたは弱っておいでだ……ここで死んだとしてもやむ無しとして処理されるでしょうね。でも、大丈夫です。私もお供しますから」


「な……ぜ…?」



辛うじて言葉に出来た二文字にジュンくんは優しい声で答えます。



「なぜ?決まっているでしょう……"白掟ハクジョウ"様を取り戻す為です。ここ最近、いやつい先程の様子からして分かりますよね?あなたは……昔に戻っている」



昔……?昔の私は今と変わらない穏やかな感じだったと

でも、彼はどうやら違うように感じてきたようです。



「もっと昔は……今と同じような、少しどん臭いけども優しくて努力家な方でした……だから、お慕いした。あの方が報われるようにと、力になりたくて私は努力した……それなのに」



力が強まる、特に指先が深く首にくい込んでただでさえ貧血気味の頭への血の巡りが滞ります。

クラクラと揺れる視界とは裏腹に明瞭な聴覚は彼の叫びを捉え続けています。



「変わってしまった……あの時から、あの十年前の大火事で私は見た……お前がした事を!悪魔め……返せ、私の友人をッ!""!!!!」



さらに深く締まる首に無駄とは分かっていても本能が勝手に腕を動かします。爪を立てても実際に行われているのは彼の手の表面を撫でているだけ……無意識に酸素不足に喘ぐ私の唇が何かの言葉を紡ぎます。



「■■■■■■」



目を見開いて彼の動きが止まります……そのまま、力が抜けた彼の体を最後の力を振り絞って押し退けます。その拍子にまた傷口から血が溢れ出した感覚がありました。

咳き込む私が体を起こすと同時に押し退けられた彼は立ち上がると泣き出しそうな顔をしていました。



「その顔でそんな事をするな……!!忘れている癖に……アイツじゃないのに、アイツと同じように私を呼ぶな!!!」



"ギアスディスク"を操作して彼がモンスターを実態化させます……王冠を被った、漆黒の西洋甲冑を身に纏った騎士──【黒曜騎士オブシディアンナイトキングアーサーIファースト

彼の"ギアスモンスター"であり、最強の黒曜騎士オブシディアンナイトでもあります。

現在確認されている中で条件を満たしさえすれば必ず勝てる唯一の能力を持ったその騎士が私を切ろうとその身に纏った鎧の重さを感じさせない軽やかな動きで飛び掛りますが……後一歩の所で、横合いから投げつけられた光の槍に阻まれます。



『実体化に手間取った……!奴の相手は任せろ、召喚者!』



そのまま再生成した光の槍を用いて【アーサーIファースト】を弾き飛ばした【ルシフェリオン】が街中へ彼を誘導して戦い始めました。

憎々しげに【ルシフェリオン】を睨むジュンくん……分かっているはずです、今の【アーサーIファースト】では【ルシフェリオン】には勝てない。

そして【アーサーIファースト】が彼の手持ちで最強のモンスターですから……【ルシフェリオン】が戻ってきた時点で詰みになります。

そうなる前に今度こそ私を殺そうと、ジュンくんが一歩足を動かしたのと同時に私も喋り始めました。



「"ジュン"くん、聞いてください……」


「喋るな!!お前の言葉なんて聞いてたまるか!!」


「それなら逆に聞かせてください……いつから、私を殺そうとしていたのですか?」


ずっと機会を伺っていたんだ……お前が死ねば、"ユギト"の身体が解放される……そうすれば、お前の手で奥底に封じられたユギトが帰ってくる。そしたら、昔みたいにまた戻れるんだ……だからっ!!」


「誰が……そんな事を?」


「はっ!誰が教えるものか!!」



鼻で笑うジュンくん……しかし、彼は気づいているのでしょうか。



「……私が死ねばその、昔の私が帰ってくると?」


「そうだ!だから私はお前を早く「矛盾していませんか……?」殺…………何?」


「私が死ねば昔の私が帰ってくる……でも、肉体は昔の私のままならば昔の私も一緒に死ぬのでは?」



ヒュッと息を吸い込む音が妙に大きく聞こえました。

そして『いや……でも……あれ……?』とぶつぶつ呟きながら頭を抱えているジュンくん。

やがて、混乱がピークに達したのか跪いて叫び声を上げ始めました。



「違う、違う違う違う違う違う!!!私は"ユギト"を殺したい訳じゃない、でもアイツの身体は"ユギト"の物で?アイツを殺すと"ユギト"の身体が死ぬから???あああああああ!!!私がしたかったのはそれじゃない!!違う!!殺したいんじゃない、"ユギト"を取り戻したいだけなのに!!!」



悶え苦しむ彼の様子を見ていると【アーサーIファースト】を討ち取って帰還した【ルシフェリオン】が私の傍に近づきます。



『なんだアレは……それは兎も角、召喚者無事か?傷は深いぞ』


「深いのが分かっているなら何とかして下さい……出来るかは分かりませんが」


『簡単な止血なら出来るが……よし、内蔵は傷ついてないな。これなら、止血をして安静にすれば何とかなるだろう』



血が溢れる傷口に手を当てるとそこから淡い光が放たれます……むず痒いような感覚が傷口を中心に湧き上がって動いてしまいそうになりますが『我慢しろ、動くと変な形になる』という脅しに屈して必死に堪えました。

少ししてから光が消えていきますが……服を捲って確認すればすこし引き攣ったような痕が残っていますが傷口は塞がっていました。



『……なんだその顔は、回復は苦手なのだ。塞がっただけ有難いと思うがいい』


「文句はありませんよ……ありがとう【ルシフェリオン】」


『うむ……で、だ。アレはどうする?処すか?』


「処しませんよ……」



『よっこいせ』と掛け声を入れて立ち上がりますが、少しふらつきました。その体を【ルシフェリオン】が支えてくれたのにお礼を言ってから、私はジュンくんの元にゆっくりと歩いていきます。



「"ジュン"くん」


「!!!!!」



声をかければ過剰な程に肩を跳ねさせ、怯えきった目でこちらを見てくる彼を安心させる為に微笑みかけます。

震えるジュンくんの手を両手で取り、そっと私の首へと近づけます。



「刺し傷は治りました、私を殺すにはこの首を締め上げるしかないですよ」


「あっ……」



指を伸ばしてやり、先程締められて痕が残った首にピッタリ合うように触れさせます。

真っ直ぐに彼の目を見てやれば震えて視線の定まらない様子です……もう一度名前を呼んでようやく彼はこちらを見ました。



「"ジュン"くん、ほら力を入れるだけで良いのですよ?」


「っ……」


「ふふふ……"ジュン"くんが力を入れられないならお手伝いしてあげましょうか?」



そっと手を添えて、力を加えてやります。血の気が抜けていた体は冷えていて、ジュンくんの手がカイロのように暖かくて心地良いです……

息苦しさに耐えて笑んでみせれば、ジュンくんが手を振り払いました。



「やめろっ!!……やめてくれ、私は」


「やめてくれ?貴方が始めたのでしょう"ジュン"くん……自分の意思でやったのならば突き通して下さいよ」



体を近づけます。

どうしても身長差的に、近づくと彼の目を見るには見上げなければいけません……ジッと見つめて、彼の衣服の中に手を滑り込ませました。

ゆっくりと、中の形を確かめるように探る私の手の動きに顔が赤くなるやら青くなるやら、兎に角理解が追いつかないようですね。



「…………コレですか」



違和感を感じる箇所──触れているだけで生理的嫌悪感が感じられる場所……心臓の上の辺りに張り付いていたのは一枚のカードでした。

永劫に留めるガタノソア】……邪悪な巻き貝のようなそのモンスターが描かれたカードをジュンくんの体から離せば、一瞬力が抜けたように彼の体が崩れ落ちてソレを私は支えられずに押し倒されるような形で地面に倒れてしまいました。



「……"ジュン"くん、落ち着きましたか?」


「少なくとも……さっきよりは落ち着いている」



そう言う彼は確かに殺気立った様子は無く、今なら落ち着いて話が出来ると思いました。

手に持っていた【永劫に留めるガタノソア】のカードをポイッと投げ捨てれば【ルシフェリオン】が嫌そうな顔をしながらもソレを拾っていく姿が視界の端に映りました。



「あのカードは……何時、手に入れたのですか?」


「……十年前、鏡富市の旧教会で起きた火災の時に拾った。それ以来、デッキには入れずにお守りとして持っていた」


「お守り……?」


「ソレを手に入れてから……努力が身に付くようになった。頑張れば頑張る程に能力が高まる……私は強くなれた」


「なるほど……」



また十年前というワードが出ました……十年前、前にもそんなワードが出る会話をしたような気がしますが……何だったでしょう。



「……私を殺すように言ってきたのは誰ですか?」


「分からない……いつの頃からか声だけが聞こえたんだ。お前を殺し解放せよとずっとずっと……その内に、その言葉に従えば"ユギト"が解放されると、私は思ったんだ」


「…………」



ずっと聞こえる声……幻聴の類では無さそうです。

それに解放されるも何も私は昔から何も変わらない……記憶だっておかしな所は無い、筈です。



「私は……何を忘れているのですか?」


「……"瑪瑙メノウ 唯純イズミ"に、聞き覚えは?」


「……



知らない人の名前に素直にそう答えれば、どこか悲しそうな表情でジュンくんが微笑みました。



「やっぱり……違う人だ。ならば、私からは何も言えない……真実には自分で辿り着いてほしい」



そして、彼の顔が近づいたかと思うと瞼に柔らかい感触を感じ……彼の顔は離れていきました。



「私は……貴方を害そうとした。如何様な罰でも受けます白掟ハクジョウ様」


「罰……ですか。その真実を話すように命令しても良いのですよ?」


「それだけは話せません……貴方の言葉であっても」



いつもの調子に戻ったジュンくんは淡々と答えてきます……さて、どうしましょうか。



「ならば……貴方はついて来なさい、私のこれからの行いを常に助け、見守りなさい。例えそれが、昔の私らしく無くとも……最期まで、この私に殉じなさい」


「……はい」



…………彼の力はここで切り捨てるには惜しいです。

少なくとも、もう私を直接殺しにかかる事はないでしょうしそれならば飼い殺しにした方が良いですからね。

手を伸ばし、犬にするようにその頭を撫でてやれば目を細めて何かを堪えるようにしながらも受け入れてくれました。

……しかし、今日は本当に疲れましたよ。


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