インタルード2
とある日の父親/至高の■■の独白
書類の上をペンが走る音だけが室内に響いていた。
この
各支部からの問い合わせに、本部への報告書……判子では無く直筆のサインでのみ承認される物が多い為に、こうして一日中書類と向かい合う事が私の仕事の大部分を占めるようになった。
いつからだろうか、信徒達の前で聖典を読み上げなくなったのは……昔が懐かしい。あの頃はみんながいた。
「失礼します」
ノック音に思考が途切れる。
そのまま入室を許可すれば、
「なんだ
「別件です
深く深く息を吸って吐き出す……ちょうど区切りの良い時でよかった。書類を一纏めにして隅へ起き、そのまま
扉の鍵は閉められていて、尚且つ盗聴器の類は設置されておらず防音もしっかりされている……となればやる事は一つだ。
「もう無理、家帰りたい……」
「諦めろ、今のお前の家はここだ
デスクに思いっ切り倒れ込み、そうボヤく私の言葉を一刀両断する
ほんの少し、頭を浮かせて目だけで前を見れば一枚の写真を見せられる。
忘れもしないその顔、隠し撮りに気づいているのか空港らしき場所でこちらに向けて中指を立てて舌を出しているのが憎たらしい……間違いなく、奴だ。
「……何時ぐらいに着く?」
「恐らくは明日にでも、そこから日本にいるか経由して外国へ向かうかは分からん……」
また溜め息が漏れる……
しかし、証拠がない。故にその身柄を確保出来ないしその移動を阻む事が出来ない。
その男が現れると、その国の
先日の大司教達の集まりで起きた薬物と酒類の持ち込みによる騒動……
だが、明確に悪と言える所業をしていない者も多数いる……その者たちに疑わしいからと罰則を加えるのは正義の行いではないから見逃すしかない。
……あの日の
「
「何度目だそれ聞くの……まあ、妙な物盛られていたが元気といえば元気だろうな。そろそろ私経由ではなく自分の目で見に行けば良いんじゃあないか?」
「今更どの面下げて……あの子、何考えているか分からなくて怖いし」
いつもニコニコ笑っている
笑顔しかないのだ、表情が。
困ったりすれば苦笑したり、不機嫌になれば眉に皺が入るが……やっぱりそれら全てがカテゴリーとしては笑顔に入る。
あの子がああなったのは……あの時からだ。
瞼を閉じれば今でも思い出せる……
──燃え盛る聖堂、倒れ伏す奴にトドメを刺そうと
それを止める為に一枚のカードを抜き放つ
『全部全部、悪い冗談……嘘にしてあげる!お願い【ルシファー】!!』
止めようと腕を伸ばすも間に合わなかった。閃光が走り、そして……
──
ハッと気づけば、
「ああ……聞こえている」
「嘘つけ……働き過ぎだお前。休んで少しマシな顔にしてから、
「……その内、な」
「そう言って一年経ったが?スケジュールを来月には少し長めに休暇を取れるように調整する……いいな?ちゃんと会えよ
「…………ああ」
フンと鼻を鳴らしてから、
……もうすぐ十年になる。
鏡富市で起きていた辻サモナーによる襲撃事件……私の勘は、
そうだとするならば……処理に綻びが出始めているのかもしれない。
「……
デスクの隅に置かれた写真立てに入れられた一枚の写真──私の
控えめにピースしている若い頃の私とカタルを両腕で巻き込みながらピースしている同じく若い頃の
ーーーーー
──私は至高の天使である。
最も神に近いと称された大天使メタトロンの前でそう言えば奴は『お前、頭湧いてる?』と言わんばかりの冷たい視線を向けてきた……
六対十二枚の翼はこの世界を見守る六柱の神々の色にそれぞれ染まっていて、争いを止める封印の能力についてはメタトロンすら超えていると自負している。
……あまり使いたくはないが唯一無二の、神の権能にすら匹敵する能力も私は生まれつき身につけていた。
故に、私は至高の天使……この世界を慈しみ守る最高存在となるべくして生まれたのだ。
しかし、そんな私をメタトロンは罪人と称して閉じ込めたのだ。
私が他国の者といたから……それも、悪人や罪人、唾棄される者たちといたからと言うがそれは違うと私は叫んだ。
『彼らは道に迷っていただけだ、それを私は導いた……正義を為すようにと!!』
『その行いで貴様は幾つの戦場を引っ掻き回した?もはや貴様は天使等では無い……その傲慢な気質を奈落の底で悔い改めよ!!』
地の底へと叩き落とされた時に我が翼は焼け焦げ、美しかった色は全て失われた。
しかし、私は諦めなかった。
何度も這い出ようともがき、落とされ、もがき……気づけば私はカードに封じられていた。
所有者は何度も変わった……使いづらいやら封印効果だけのモンスターやら好き放題言われていた。
ある時に所有者になった少女もきっとそんな事を言うだろうと思っていたが……彼女は違った。
『【ルシフェリオン】……これからよろしくね』
ニコニコとよく笑う少女だった。負けてもヘラヘラしている時は勝つ気があるのかとヤキモキしていたが……彼女にとっては誰かと遊ぶのがとても楽しかったのだ。
カードを大切に扱っていた彼女は、他人に何と言われても私をデッキに入れ続けていた。
ある時に、彼女と共にいた為か力をほんの少し取り戻した私はもう一つの姿……【ルシフェル】としての姿を取り戻す事が出来た。
『すごい……あなたって本当にすごい子だったのね!』
純粋な賞賛に、私は自分の頬が熱くなるのを感じた……この時ばかりは、自分が仮面を付けていて良かったと心から思えた。
それからも私は彼女と共にあった……少女から女性へ成長して行く中で仲間と出会い、恋をして、結ばれる彼女を心から祝福していた。
『この子の名前はね……
愛らしい桃色の髪の赤子を抱き上げている彼女は母となっていた。自在に実体化出来るようになるまでに力を取り戻していた私に、彼女は……
『【ルシフェリオン】……あなたはいつも私を助けてくれた。もし、良かったらなんだけど……この子の事も、守ってもらっていいかな?』
私は頷いた、初めは彼女の事も凡百の存在と同じ者だと思っていた。だが、今では彼女こそが私を使うに相応しい唯一無二の存在だと思っている。
彼女の為ならば、使いたくは無いと思っている私のもう一つの姿と権能も惜しまずに使えると思う程に……
幸せは呆気なく崩れた。
黒の神、第六の恐怖。理解出来ないものへの恐怖が具現化した存在が暴走していた。
原因はあの日、教会に宿を求めて身を寄せた男だ。
彼女の愛し子はその依代へと堕ちていた……笑う嗤う蚩う、ただひたすらに他者を弄ぶ事を愉しむ奴は紛れもなく悪だった。
『全部全部、悪い冗談……嘘にしてあげる!お願い【ルシファー】!!』
彼女の祈りが、私のもう一つの姿を顕現させた。
全てを偽りへと落とす改変……しかし、それでも奴の力は強大で私一人の力では抑えきれなかった。
美禍が命をも捧げてくれなければ奴を封じられなかった。
私が目覚めた時には何年もの時が過ぎていた。
彼女の愛し子は変わり果てていた、封じたとはいえその残滓は色濃く残り……笑うという事でしか自己を表現出来なくなっていた。本人はその事に気づいていないのがいっそう、憐れみを強くする。
彼女の愛し子は実体化した私に語り掛けた。
『【ルシフェリオン】……これから、よろしくお願いしますね』
奇しくも彼女と似た言葉だった。
あの日に彼女から言われた頼まれごと……『この子の事も、守ってもらっていいかな?』という言葉が私を呪っていた。
至高の天使である私に呪いをかけるなんて……私が愛した彼女にだけ、出来たことだ。
その言葉が無ければ、私は彼女の愛し子……
私は彼女の
さあ、
私とお前でこの世界の救世主となろう、絶対の正義を敷いて……いずれこの世を去った時に、彼女に胸を張ってお前の子はここまで立派に育ったのだと言ってやろう。
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