「出てきて【■■■■■■】」
──これは夢なのだと理解出来ていました。
『"ユー"くん!こっちに面白い虫がいたよ!早く行こ!』
『待ってよー"イズミ"ちゃん、足速いよー』
金髪の女の子に手を引かれて、必死に足を動かしているのは子供の頃の私でした。
私が覚えている物と細部が違う鏡富市の
『見て見てイモムシー!可愛いねー』
『そうかなぁ……?』
『可愛いよ!でも、"ユー"くんの方が可愛いかも?』
他愛もない会話をしている幼い頃の私たちに声を掛けてくるのは父の副官である──
『お前たち、二人だけか。教会の敷地内とは言え外は幼児には危ないぞ』
『"ゆーぞー"さん!』
『"ゆーぞー"おじちゃんだー!ねぇねぇ、
『あー……お前たちみたいな子供という意味だ』
少女の質問に律儀に答えているキクリ ユウゾウさんは昔から父に仕えている方で、私の子供の頃の教育にも関わっていました。
白金色の長髪をオールバックにしているスタイルは個人的には憧れです、カッコイイです。
ユウゾウさんは私たちの横でしゃがむと一緒に幼虫を観察し始めます。
『これは……アゲハ蝶の幼虫だな。葉物野菜に着くのが多いが、花に着くとは珍しいな』
『アゲハ蝶ってあの黄色い?』
『黄色い……まあ、黄色っぽいな全体的に。模様が細かくて美しい蝶だ』
『この子、大きくなったらアゲハ蝶になるの?見たーい!!』
『……どうだろうな、適した環境では無いからきちんと育ちきるかは分からん』
育つか分からないという言葉に少女の顔が曇ります。
『そうなの……?大きくなれないのこの子……』
『現状では難しいだろうが、蝶になれる可能性はある。さて、そろそろ昼食の時間じゃないか?食堂に行こうか』
『『はーい』』
立ち上がって、ユウゾウさんの両サイドにそれぞれ移動する幼い頃の私たち。
ふと、振り返ったら先程まで二人で観察していた花の辺りに小鳥がいるのが見えました。
飛び立つ鳥の嘴に緑色の何かが挟まれているのが一瞬見えて、それが妙に目に焼き付いて場面が変わります。
──大聖堂の最奥、ステンドグラスを背に仮面を付けた父が聖典の内容を読み上げています。
現代よりも人数は少ないけども、信徒たちの表情は真剣でその点は今も昔も変わりませんでした。信徒たちに紛れて着席している幼い頃の私の横にいるのはメガネを掛けた鋭い目付きの男性です。
『"
『うん』
彼はマネゴト カタルさん、苗字で分かるようにタクミくんのお父さんです。
青みがかった黒髪を七三分けにしているので背広を着ていればサラリーマンの人に見えます。
父による祈りを終え、信徒たちが全員大聖堂から出た頃に幼い頃の私とカタルさんが父のもとに近づきます。
『おとうさん、お疲れ様です』
『さほど疲れてはいない』
現代と変わらないつっけんどんな対応に、今の私は苦笑してしまいますが当時の私は父の言葉が怖くて俯いてしまいます。
その対応に何か言おうと口を開くカタルさんよりも早くに父が言葉を続けました。
『聖典の内容は覚えたか?』
『まだ……そんなに』
『……そうか』
無言です。いたたまれなくなる沈黙が訪れます。幼い頃の私は気まずくて視線を下に向けたままもじもじとしていますね。
こういう人でした父は……口数が少なく、言葉も硬い。今はそういう人なのだと理解出来てはいますが……昔の私はそんな父が怖くて怖くて仕方ありませんでした。
そんな私たちの様子に溜め息を吐いて、カタルさんが口を挟みます。
『大司教、今日はお勤めがあったのでは無いですか?』
『む……そう、だったな。"
父の手が幼い頃の私の頭に乗ります。動かす事も無くただ乗せられているだけのソレに石のように固まっている幼い頃の私。
暫くして、父が背を向けて歩いていったのを見てようやく再起動しました。
『おとうさん、怒ってた……』
『いいえ、貴方様のお父上は……少し、困っていただけですよ』
『困ってたってなんで……?』
『……いずれ、分かりますよ』
カタルさんに連れられてまた場面が変わりますが……私の記憶に無いのですよね、さっきのやり取りも今のやり取りも……どうして忘れていたのでしょうか?
──木製のテーブルの上にカードが並べられています。
子供の頃の私と"ギアスファイト"をしているのは……私の母でした。
『じゃあ、ここで切り札の【ルシフェリオン】を出すよ』
『きれいな人だね!』
私からはイラストの所は黒いぐちゃぐちゃの何かしか書かれていないように見えますが、二人には普通のカードに見えているようです。
幼い頃の私は手に持っているカードと【ルシフェリオン】を見比べて、しょんぼりとした顔になります。
『うう……倒せないよう』
『
その言葉にハッとした表情で幼い頃の私がそのカードを手に取ります。
『この効果……そっか!よーし出てきて【
テーブルの上に改めて置かれたそのカードは黒一色。そのカードをよく見ようと覗き込んだ私とその黒一色の中に現れた真っ赤な瞳の視線が合います。
小さく悲鳴を上げて仰け反る私の耳元をザラりとした何かが舐めあげます。振り返れば真っ黒な何かが私を見下ろしていました。
四肢を真っ黒な何かから湧き出た触手がそれぞれ縛り上げてきました……体が持ち上げられて、胴や顔をまさぐるように触手の束が私に触れてきます。
真っ黒な何かと目が合います。真っ赤な瞳が私を覗き込んできます。息が詰まります。冷や汗が止まらない。体が震える。吐き気が止められなくて、口内から液体が溢れる──
「ッッゲボ!?ゴボッヴ……ゲホ、ゴホ」
寝転がっていた私の口から水が大量に吐き出されます。
溺れ死ぬ寸前だった私がゼイゼイと息を整えていると視界の端でジュンくんがユウゾウさんに頭を叩かれている姿が見えます。
「寝ている人間に水を何故飲ませる……?何故飲ませる……?」
「酒を飲んだせいでこうなったと聞いたので、水で中和をと……」
「起こしてからにしろ……見ろ、溺れ死ぬ所だったぞ彼」
必死に酸素を取り込もうとしてる私にジュンくんが凄まじい勢いで駆け寄ります……頭が割れるように痛いです。
でも、正直助かりました……アレは悪い夢です。あのまま見続けていれば自分がどうにかなっていた……そんな気がします。
「は、"
「……心配、してくれたのでしょう?その結果がどうであれ、気持ちは本物なのでそう謝ることは無いのですよ"ジュン"くん」
「ううう……本当に、申し訳ございません……」
殆ど土下座のような形で謝っているジュンくんを宥め、他の四人の方へ視線を向けました。
「大司教……良かった」
「
「大丈夫です……頭が痛いですが、二日酔いの時と同じくらいなので大丈夫です……迎え酒を希望です」
「お父サマが体の中傷ついてるって言ってたの忘れたデシか……それなのに仕方ないとはいえ、もうこれ以上飲むのはダメデシ!お酒は治るまでダメデシよ」
タクミくんの言葉に私は深くショックを受けました……出張のささやかな楽しみである各地の地酒を堪能する事が禁じられてしまったのですから。
「……アルコール度数何%まで許されますか?」
「アルコール入ってる時点でダメデシよ!!」
ぷんすかしているタクミくんに私は肩を落とします……せめて、買って教会へ配達をお願いしましょう。そうしましょう。
「……
「ええ、賑やかで良い子達でしょう?私の自慢の部下達です……ユウゾウさん、お世話になったみたいです。ありがとうございます」
「いい……こちらの不手際だったからな
「再発防止の為にお願いします……これ以上被害者を出させない為にも」
小さく、しかし確実に頷いたユウゾウさんに安心して息を吐きました。
外は既に夕暮れに差し掛かっているようで、外が少しづつ暗くなっています。
「そろそろお暇しなければいけませんね……」
「……
ユウゾウさんが役職を付けずに私の名前だけを呼びました。珍しいと思い、撤収しようと歩き始めた体を彼へと振り返らせます。
「どうしましたか?」
「あの子供がお前の体が傷ついていると言っていたが本当か……?」
「ええ……そのようです」
「…………原因は【ルシフェリオン】か?」
彼の問い掛けに私は困ったような笑みで返します……まあ、ユウゾウさんは知ってますよね。
「悪い事は言わない……早く手放せ。アレのせいでお前の母親は……」
「
ニコリと微笑んでみせればユウゾウさんは苦虫を噛み潰したような表情でこちらに苦しい言葉を投げつけます。
「だとしても……お前の事を心配している者は多いんだぞ。その者達に心配をこれ以上掛けさせるな」
「皆が心配なのは大司教としての私の事でしょう……?大丈夫です、大司教としての役割はキッチリ果たします。父にもそうお伝えください」
そう言って今度こそユウゾウさんに背を向けます……何か言いたげな視線が背に突き刺さりますが私には関係有りません。
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