「私の未熟故です」/「ふざけた名前のカード達」

広々とした会議室の中央には円卓が置かれていました。既に着席している方もいましたので適当な座席に座り、レイカ嬢とオニマルくんには申し訳ないですが背後で立って待ってもらうことにしました。

他の大司教達も一人二人と護衛を連れて来ており、十二人の大司教とその護衛で室内は少し手狭に感じますね。

暫くしてから父の副官である男性が先に姿を見せて皆に声を掛けます。



「日本支部支部長、白掟ハクジョウ裁刃徒サバト総主教のお通りである、一同静粛に」



その言葉に全員が雑談を止めて立ち上がり、会議室の入り口に注目しました。

炎を模した仮面、血のような深紅の髪には若干白い物が混じっていますがピンと伸びた背筋から漂う厳格さに老いて弱っていると言うよりも風格がより深まっている事を感じられます。歩く度に揺れる首飾りは神聖制約教団ホーリーギアスの最高指導者である教皇猊下より賜ったという神の瞳と称される物で、深紅の宝石を瞳の真ん中、瞳孔に位置する場所に配置された物です。

円卓の最も入り口から遠い席に腰掛けると父は仮面を取り去りました。

昨年見た時よりも皺は多くなっていますが、鋭い目つきと眉間の彫りの深さは健在です。



「みな、よく来てくれた。座ってくれ」



その言葉に素早く、しかし音を立てないように静かに大司教達が従って座ります。各々が被っていた仮面を外して卓に置いています……もちろん、私もそれに習います。



「今年は親睦会と定例会が同じ場所で開かれる事となった。あまり交流をしていない者同士もこの機会に仲を深めて行く事を願う……早速だが、各支部の経営状況について報告してくれ」



そこからは順番に支部の状態や信者達の様子、他の支部への助力要請などを話しています。

年功序列で長く大司教の座にいる人から話していき、私の番は最後……十二番目でした。



「それでは最後に白掟ハクジョウ大司教、報告をしてくれ」


「はい……」



いつもこの時ばかりは緊張します。

人数だけならば朝晩の祈りの時の方が多いですが総主教……父の前で話すということにどうも体が慣れません。

深呼吸で体を落ち着かせ、声が震えないように気をつけてはっきりとした発声で話し始めました。



「鏡富市支部では付近にて闇のサモナーらしき存在による辻ファイトが起きていました。犯人は恐らくは恐怖連合ダークアライアンス所属のサモナーのようで、当支部にも襲撃が有りましたが幸いにも怪我人を出すこと無く撃退する事に成功しました」


「犯人は捕まえたのか?」


「いいえ……しかし、当支部の精鋭による巡回を強化した事で襲撃は途絶えています」


「ふむ、そうか」



辻ファイトを仕掛けてるのはウチの子達ホーリーエッジですし、キョウマくんは全く関係ありませんが所属している組織が組織なので便利に使わせてもらいます。

犯人を捕まえていないという所で他の大司教からの糾弾が飛びます。



優義徒ユギト大司教、犯人を捕まえなかったのは怠慢なのでは?」


「被害の確認が最優先でした、私にとっては一番優先すべきは信徒達の無事の確認でしたので」


「巡回をしているという事だが、君が護衛として連れている四人が抜けてはまた襲撃が起こるのでは?そこら辺は考えていたのかね?」


「当支部の精鋭は四人だけではありません、襲撃が確認された市内をカバーするのに十分な人数ですし、四人が抜けた程度では巡回に穴は出ません」


「本当に襲撃なんてあったのかね?自作自演では?」


「被害者の前で同じ事が言えるのならばどうぞ、私は事実しか報告していません」



幾度も繰り返される似たような質問は私の粗を見つける為の攻撃です。答えに齟齬が無いように回答し、引っ掛けのような問いにも短い間で適切な答えを導き出して答える……絶え間なく回転する脳内は鈍い痛みを発し初めていますが弱みをここで見せては相手の思う壷です。

一口水を飲み、乾く口内を潤して次の言葉に立ち向かおうとした所で私に助け舟が出されました。



「……優義徒ユギト大司教、一つ聞かせてもらおう。信徒達は守られるのだな?」


「はい、私の大司教として名に掛けて……罪なき民達を守り抜きましょう」


「ならば良い。以降はこの件での質疑応答は認めん。時間の無駄だ」


「しかし「不服か?」……っ」



小さく最武野モブノ大司教が『親の七光りめ』と呟いたのが口の動きで見えました。

時間が差し迫っているというのもあったのでしょうが、私を助けたようにも見えます……どちらなのでしょうね?

それから、父の副官の案内で昼食会場まで移動しました……まあ、一つ下の階なのですけどね。

立食形式の会場では護衛の方たちも参加する形になりますが、私達は部屋の隅で壁の花となっています。



「二人とも、よく堪えてくれましたね」


「あーもう、胸糞わりいっすよ……寄って集ってなんなんすかアレ」


「毎回、あんな感じ……ですか?」


「ええ……歳若い事や実績があまり無い事が主な原因ですね、私の未熟故です」



そう苦笑しながら伝えるも、二人の表情は晴れずにしかめっ面のままです……困りましたね。

そうして話し込んでいると、私達に近付いてくる人達が……先の私への吊し上げに参加しなかった大司教の人です。



「やあ、大変だったね」


助餅スケベイ大司教、お久しぶりです」


「君を助けて上げたかったのだけれども……こちらが睨まれるのも困るからねぇ」


最武野モブノ大司教のお言葉も仕方がない事なのです……私への心配が積み重なってしまっているのでしょう。若輩のこの身が申し訳ないです」


「いやいや、君は若いのによくやってるよ。うんうん、そうだねこんな所にいないでおいで、食事をしよう」



そう言って護衛の人達がオレンジ色の、恐らくジュースを私達に渡してきます。

……なるほど。



「"レイカ"嬢、それ下さい」


「えっ?あ、はいどぞっす」



レイカ嬢に渡された一杯を一息に飲み干せば喉が焼けるような感覚と共に胃の腑が熱くなりました。

唖然と見ているレイカ嬢と助餅スケベイ大司教に舌をペロンと出してみせて微笑みかけます。



「危ないですね、未成年にこんなキツイ物飲ませるなんて……こういうのは私にもっと下さいよ」



レディキラーと名高いカクテル、スクリュードライバー。見た目はオレンジジュースに偽装されてましたが……ほんの少し、青みがかっていました。

助餅スケベイ大司教には好色な面が有ると有名ですからもしやと思いましたが、レイカ嬢狙いですか。



「…………君が嫌われる理由が分かったよ"優義徒ユギト"大司教」


「この子達も私にとって守るべき者達ですからね」



憎々しげに言い放つ助餅スケベイ大司教に私は笑いかけると彼は護衛達と共に背を向けて行きました。



「え……もしかして、アタシヤバかったんすか……?」


「そうですねぇ……ふふ、これ結構キツイの入ってますから、介抱を名目にどこかに連れ込まれていたかもしれませんねぇ」



度数の高い酒と共に薬品でも混ぜられていたのか酷く頭が揺れます。

ふらつく私の体をオニマルくんが支えてくれました。



「大司教……一度出ましょう、流石に……今は話しかけられたら、マズイです」


「本当にすんません……守らなきゃいけないのはこっちなのに、逆に守られちゃって」


「先程も助餅スケベイ大司教に言いましたが……貴方達も私にとって守るべき者なのです。守られるより、守る方がしょうに合ってるのですよ私は」



オニマルくんの肩を借り、昼食会場を離れた私達は一度お手洗いに立ち寄りました。

喉の奥を指で突いて、無理やりに嘔吐を引き起こします。聞き苦しい音と吐瀉物を見せてしまうのは大変心苦しいですが、自立する事すら難しいレベルで力が抜けている私の体を支えてもらわなければなりません。

何度か吐いて、胃の中身を空っぽにする事は出来ましたがそれでもアルコールと薬物の吸収は止められませんでした。

思考は上手く纏まらず、眠気が酷い……自分でも何を口走っているのかもはや分かりません。



「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」


「大司教……謝らなくていいんです、いいんですよ」


「ごめんなさい……ごめんなさい……許して……」


「マジでやべぇって……"ジュン"達呼ばねぇとアタシ達じゃどうしたら良いか分かんねぇよ!このままホテルまで帰るの行けそうか!?」


「無理……だろう。多分、どこかで一度意識……戻させないと」


「どうやって!?叩く……訳にいかねぇだろ!?」



二人が何か話しているのは聞こえますが、内容が分からないです。でも、酷く焦っているようで……それが申し訳なくて、気分が沈みます。

もつれかける足を動かし、二人に支えられて歩く私。

ぼんやりとした視界がにじんで、はしから暗くなっていくのがこわい。許して。

上でだれかが話しています、聞いたことのある声です。体がうきました、おなかがぎゅっとしてあたまがぐわんとします。

とじそうなめをあけたら、みたことのあるおじさんがいました。



「ゆー……ぞー、さん?」


「大分酔っているな……使っていない部屋に彼を寝かせるからお前達も着いてくるといい。他の護衛がいるなら連絡もしておいてくれ」


「うっす!連絡はアタシしとくから"鬼丸オニマル"は白掟ハクジョウ様についときな!」


「ああ……任された、"駆魔カルマ"」



パタパタはしっていくおんなのひとにてをふっておみおくりしました。ねむたいです。

ちからがぬけていきます。ねむたいです。


ねむたい、です。もうゆるして、おとうさん。




ーーーーー




「ほれ、スペルカード【最後通牒:BUBUDUKE】発動や。そのこーわい神さんには退場してもらうで」


「いっぱいパクパクしてた【オオモリサマ】が帰ってきちゃったっぺー!!?(【オオモリサマ】のAアタック分のダメージを受けて沈没)」


「ええモンスターやったから熨斗付きで返したるわ。アーティファクト【定期連絡:Oh-Chu-Gen】の効果でコントロールを奪ってた【ティターニア】にまた熨斗カウンター付けて返したるわ」


「要らない!要らないからやだー!!!(熨斗カウンターが乗りまくった【ティターニア】が爆発して沈没)」


ぼんは……重症やねぇ?【塩魔:ASA-DUKE】【酸魔:SHIBA-DUKE】【甘魔:NARA-DUKE】でトドメや」


「なんだよこのふざけた名前のカード達は!!?(普通に殴られて沈没)」



車に乗って照海テルミのねーちゃんに連れられたのはねーちゃんが住んでるでっけぇ日本っぽい屋敷だった。

荷物を部屋(一人一部屋で畳が敷いてあるひっろい部屋)に置いてきてから俺たちはすんごく広い庭に集められた。

んで、そのまま力量を見たいからって"ギアスディスク"を使ったファイトをすることになったんだ。米子コメコは店長からディスクを借りて初のスタンディングファイトだった。



「まあ、総評やけど米原マイバラの嬢ちゃんはまだまだ初心者やろ?先ずは場数踏んでいく事やな、筋は悪うないで」


「ありがとうございますっぺ?」


五月雨サミダレの嬢ちゃんは力入り過ぎや、もうちょい気楽に行き。怖い顔してカード見ててもカードも怖がるだけやで?」


「うう……はい」


「で、ぼんやな問題は……何したんよ?」


「何って……俺は別に何も」


「してない訳あらへん……いや、してないからこうなっとる訳か……"アポロ"、良くもこないな面倒なん回して来おったなぁ?」


あねさんならなんとかしてくれるかなーって……ごめんなさい」



深々と溜め息を吐いてから照海テルミのねーちゃんが俺に近付いてくる。



「荒療治が必要や、ぼんは今の状況何とかしたいんやな?」


「お、おう!そして強くなりたい!!」


「はぁー……まあええやろ。ちょうどいい修行プラン立てたるさかいに、今日はこれで終わりや」



そう言ってスタスタ屋敷に帰ってったねーちゃんを俺たちは呆然と見送ってたんだ。

"ギアスファイト"は確かにつええんだけど……なんか、変な感じがしたし何より嵐みたいな勢いだった。



「店長店長、今更だけどさあの人どういう知り合いなんだよ?」


「んーっと、私の恩人だよ。"ミラージュ"建てれたのも彼女のお陰さ」


「って事は凄いお金持ちなの?」


「そうだねぇ……昔から、土地貸しで大分稼いでるみたいだよ」


「大地主様だっぺ……」



それから早めに昼飯食った後にねーちゃんが観光に連れてってくれるってまた車に乗せてくれた。

ねーちゃんが運転する車はすいすいと進んで行って、直ぐに目的地に着いた。



「あそこに見えるのが清水寺や、あこまで行くから坂道気ぃつけや」



テレビで見た通りの石畳が続く長い坂は急だったけど、俺たち以外にからか見た目よりは楽に登れた。



「なんで誰もいないのですか"照海テルミ"さん」


「んー、そこはまあウチの地主パワーや、ここら辺一帯貸切にしとんねん。ぎょーさん人いたら落ち着いて観光出来んやろ?」


「ええ……?」


照海テルミのねーちゃんはマジですげぇんだな!」


「ガッハッハ!褒めても飴ちゃんしか出せへんで!ほれ、あげるわ!」



また全員に飴が配られる……今度はさくらんぼ味だ。

口の中に放り込んでコロコロ転がしていたらついに清水寺の中に到着した。



「ここが有名な清水の舞台や。飛び降りても、まあ普通は願い叶わんからなー」


「本当に誰もいないっぺ〜あっ!京都が一望出来てるっペ!絶景だっぺ!」


「……あねさんまさか」


「"アポロ"、あんたは今は黙っときな」



米子コメコの絶景って言う言葉に惹かれて、俺も見ようと清水の舞台の端まで行くと首の後ろの服を照海テルミのねーちゃんに掴まれた。



「これ、ぼん危ないやろ。あんまり身ぃ乗り出したらこうなるんやで?」



それから浮遊感が俺の体を襲った。

投げられたんだと理解した俺は舞台の上の照海テルミのねーちゃんと目が合う。



『荒療治言うたやろ?』



不思議とはっきり聞こえた言葉を最後に、清水の舞台から落とされた俺の意識は無くなった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る