インタルード1

悪魔の囁き/太陽の嘆き

真っ白な天井、薬品臭い空気、清潔でシミひとつ無い真っ白な寝具と寝巻き。

そしてそこで寝ている私を心配そうに見ている四つの影。

それが目を覚ました私が認識した世界でした。



「………おはよう、ございます」


「「白掟ハクジョウ様!!!!!」」


「皆さん……ご心配をお掛けしたようですね」



開口一番に大きな声で心配してくるジュンくんとレイカ嬢に申し訳なくて、体を起こそうと力を入れますがそれをオニマルくんが大きな手で遮ります。



「まだ……安静にしないとダメだから……寝てて下さい、大司教」


「ですが……その、私はどれくらい寝ていましたか?」



チラリと窓の外を見れば日は落ちかけていて、街は夕日色に染まっています。

お昼間に"ミラージュ"にいた事を考えればそこそこの時間、眠っていた事になりますね。



「……"ミラージュ"の、人からウチの病院に……電話来たのが、二時間くらい……前、デシ」



俯きながらボソボソと喋っている黒髪の小柄な少年こそがタクミくん本人です。

引っ込み思案な彼は、人前で素顔を晒していると上手く喋れないようで小さな声を聞き逃さないように皆が黙って聞いています。



「教えてくれてありがとう"タクミ"くん。」


「……お父サマが、言ってたデシ。大司教サマの……体、中が傷ついてるって………何が、あったデシか?」



原因に心当たりはあります。【ルシフェル】のライフ半減効果の乱用によるダメージでしょう。

深く息を吸い込めば、内蔵の奥からじわりと染みるような痛みが走って思わず咳き込んでしまいます。

そんな私の姿に慌てた様子の四人に心配を掛けないように微笑みます。



「アハハ……急に息吸ったらむせちゃいましたよ、歳ですかね?」


「24で歳取ったなんて言わないで下さい、早すぎるにも程があるっすよ"白掟ハクジョウ"様」



レイカ嬢の言葉に苦笑し、サイドチェストに置かれた私のデッキに手を伸ばします。

あの時引いてしまったのは恐らく、懐に手に入れた邪聖天デモリエルカードを仕舞った際にうっかりとこちらのデッキと混ざってしまった為でしょう。デッキの枚数を数えてみれば51枚になっていました。

……"ギアスディスク"を使ったファイトでしたらデッキ枚数を超過していた場合警告が出ていたのでテーブルファイトで助かりましたよ。



「……皆さんに、お願いがあるのですかよろしいですか?」



目を伏せ、一枚のカードを引きました。



「このカードと同じ名称の子……邪聖天デモリエルカードを手に入れてほしいのです。この子達は反逆の六英雄と呼ばれているカードが使われたファイトで生成されるようなのです。もしも、それらのカードが手元に有れば邪聖天デモリエルカードが手に入りやすくなるかも…………分かりますね?」



言外に伝えるのは『反逆の六英雄を持つ者にファイトを挑め、またはそのカードを手に入れろ』という命令。

私自身の意思である種のカードを奪ってこいと言うのは初めてですが……感慨も何も有りませんね。罪悪感も湧きません。

それよりも、邪聖天デモリエルカードがまた手に入るかもしれないという事への喜びが大きいです。



白掟ハクジョウ様……お身体が傷ついておられるのはそのカード達が原因なのですか?」


「ふふふ……いいえ?この子達"は"関係ありませんよ。私の体の事は気にしないで良いのですよ、でも心配してくれてありがとう"ジュン"くん」



微笑んでから手招きをして彼の頭を撫でてやります。

ふわふわの毛髪は手入れもきちんとされているようで手触りが非常に良いです。



「いい子いい子……ふふふ、いい子たちにはご褒美をあげないといけませんよね。そうですねぇ……今度、京都の定例会に行く時に少し、長く宿を取りましょう。羽を伸ばして、ゆっくり英気を養って下さい」



嘘です、京都にヒャッカ少年達が行くので教団聖剣士ホーリーエッジの子達と接触……あわよくば"ギアスファイト"に持ち込ませたいのです。

修行中に現れる新たな強敵達……ふふ、良いですよね。




ーーーーー



ユギトくんが意識を失ってからは大変だったね、救急車を呼んでる間に子供たちが帰ってきてそれはもう大騒ぎ。

何とか宥めてユギトくんを搬送してもらって気づけばお店は忙しくなって……大変だったよ。

そろそろバイトを雇いたいのだけれども、私の事情を考えると普通の人を雇うのはちょーっと難しいんだよねぇ。



「はーっ……本当に生きるの難しいね、人間すごいや」



客を捌ききり、CLOSEの看板を出してようやく肩の荷が降りた。

誰もいない店内を見渡して、疲れきっただけども心身共に充実している自分に笑みが零れる。

昔はただ、役割のままに毎日毎日同じ道を走り続けるだけだった。

つまらないつまらないつまらない……退屈に侵された当時の私はそれはもうつまらない男だった。そんな私を変えたのは生まれて初めて出会う類の人間だった。



『世界はもっとおもしれぇもんだ。オレと来い■■■■』



今思えば、アレは悪い奴だったよ。

でも、共に過ごした短い日々はそれまでの退屈を全て吹き飛ばすような刺激的で……楽しい日々だった。



「女々しいなぁ……まーだ忘れられないなんて」



共に戦い、負けて、奪われて、這う這うの体で逃げ出した先がこの国だった。

この国であねさんに頭を下げて居場所を貰い、この店"ミラージュ"の一国一城の主となった。

あの日々に比べれば刺激は少ないけども、それでもこの日々は悪くない。ぬるま湯のような平穏、退屈とはまた違う平穏……この日常がいつまでも続けば良いのに。



「……負けちゃったしなぁ」



私は約束……契約は守る。これは私が私である為の最後の矜持でもある。

勝ちたかった、あの子をこれ以上追い詰めたくはなかった。

……最後のドローカード、それは【ルシフェル】にユナイト出来るユニオンカードの筈だった。それの効果を使えば私と彼のライフは逆転し、そのまま攻撃で私が負ける……ことは無く、残りの手札による妨害で逆にユギトくんが敗北する筈だった……けれどもそうはならなかった。



邪聖天デモリエル……アレはダメだよ」



強力な効果には代償が付き物だ。

その代償はサモナー自身に降りかかる類の物だ……呪いにも似たソレは間違いなく彼の精神を蝕む。

真の意味で彼が邪聖天デモリエルに認められれば呪いは消えるだろう……でもそれは天使……神聖なるエンジェリルとの訣別を意味する。



「……『予言しよう、ユギトくんはどちらを選んでも呪われ続ける』、はぁ……外れて欲しいなぁコレ」



宣言した私の予言は外れない。

名を喪い、力の大部分を奪われた私が未だに握るこの予言だけは絶対の物だ。

だからこそ、外れてほしい……運命の手のひらから逃れて欲しいんだ、大好きな人間達の可能性をどうか私に見せておくれ。





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