「これなら分かりますか?」

「……はい、ではこのデッキをあげますから頑張っていきましょう」



洗脳処理を終えた直後はぼんやりとした様子でこちらを正しく認識出来ません。

仮面を被り直した私が差し出したデッキをぼんやりとした様子でミト嬢は受け取りました。

レイカ嬢の報告書を元にタクミくんが仕上げた対赤の英雄デッキ。青をメインに据えているこのデッキの試運転はタクミくん自らが行う予定でしたが、ちょうどよくミト嬢が来てくれたので彼女に任せる事にしました。

私の独断です。



「????」



首を捻りながらも予備のデッキケースに渡したデッキを仕舞った彼女をそのまま家へと帰らせます。

洗脳が本格的に発動するのは明日の午後、それまでは彼女はこれまでと変わらない日常生活を送ります。

自室へと戻った私を出迎えるのは不機嫌そうな雰囲気を表に出している私の相棒です。



「どうしたのですか?そんなにむくれて……」


『どうしたもこうしたもあるか、何だあの少女への仕打ちは……正義の使徒たる私とその召喚者に似つかわしくない邪悪の振る舞いではないか』


「だって私、悪の大司教何ですけども……?」


『そんなことは無い。善と信じて行動すれば善の存在となるのだ……自覚を持て、お前は正義。はい、リピートアフターミー』


「英語知ってるのですか貴方……自分と敵対している人達の言い分の方が全うだったら、どう考えてもこちら側が悪になりますよ…?」


『バカめ、私と敵対する物は全て悪だ。正義とは私の後ろに着いてくる言葉だ召喚者よ。我らの振る舞いこそが正義なのだ』



うーん、これは自覚のない悪ですね。中々悪役の適正有りますよこの人(?)



「それなら、私の"ミト"嬢への仕打ちも正義の為ならば許されるのですかね?私たちの振る舞いが正義なのでしょう?」



私の発言にショックを受けたのか固まってから首を捻り、ウンウンと唸っている【ルシフェリオン】

シャワーを浴びてから一服し終わった頃にようやく答えは出たようです。



『せ、せい……正義だ!あの少女への振る舞いも後の為の正義の行いとして目をつぶろう。有罪だが執行猶予付きだ、寛容な私を崇めよ召喚者』


「はいはい、では私はもう寝ますのでまた明日」


『召喚者よ、さては私の扱い雑だな貴様?不敬者め、やい起きろ貴様!』



返答の代わりに毛布に包まり、そのまま頭まですっぽりと被って目を閉じます。

彼が何やら騒いでいますが段々とその内容が不明瞭になります。

砂糖菓子に蜜を掛けて溶かすように、でろでろに甘い睡魔に身を任せて私は意識を飛ばしました。




──駅の構内を走る。

誰もいない道は広々として両手を広げて走っても誰にも怒られはしない。

くるりくるりと視界が回る、目を回して地面に転がったのが面白くて腹を抱えて笑う。

そんな自分を見下ろすのは同じくらいの歳の子。顔は逆光で見えないけども誰なのかは分かった。



──ユーくんは何になりたかったの?



寂しそうに言うその子に手を伸ばしても届かない。

いつの間にか周りに人が溢れていて身動きが取れなくなっていた。

腕を伸ばし、必死に叫んでもその子は連れていかれる。

そして自分も足を何かに掴まれて奈落の底へと引きずり込まれた。




「……ぅあ?」



落ちるような感覚と共に目を覚ます私。

夢を見ていたような気はしますが内容はよく覚えていません……何かに落とされるような夢だったと思います。

ちょうど朝日が昇る時間帯だったようです。目に太陽が染みてじわりと涙が出てきます。



「眩しいですね……」



カーテンで窓を閉ざし、光から背を向けました。時間が経って今更昨夜の事について罪悪感が湧いてきます。

もう少しやりようはあったのでは無いか?そもそも、会わなければ良かったのでは?衝動的に動くからこうなるんだ、なんて自己嫌悪の言葉が浮かんでは消えていきます。

ばちんと自分の両頬を叩いて思考を止めます……後悔も自己嫌悪も罪悪感も私の理想の悪は抱きはしません。

じんじんと熱を持つ頬に今度は優しく触れてそのまま指で口角を上げました。

俯くよりも上を見て、泣いてしまうよりも笑った方がずっと悪らしいですから。



「物語はここから加速させて行かなければなりませんからね、忙しくなりますよ私」



携帯を取り出してタクミくんへとメールを飛ばしました。



From:ハクジョウ

To:マネゴト タクミ

件名:例のデッキについて


キミが調整したあのデッキ、使用に協力してくれる子が来たので貸し与えました。

午後にカードショップミラージュ近辺でターゲットと接触する筈なのでドローンで監視をお願いします



私自身は別の用事が有りますからこのイベントには不参加です……残念ですが仕方ありません、悪役は舞台裏では忙しいものですから。

身支度を整え、早めの朝食を摂るために部屋の外へと歩き始めます……さあ、今日も一日頑張りましょう。



「──ありがとうございましたー」



コロッケパン事件の二の轍を踏まぬよう、ある程度の現金を財布に仕込んだ私に最早死角はありません。

お花屋さんで可愛らしい小さな白い花の鉢植えを買った私はソレを抱えたまま商店街を歩きます。

目的地は惹琴総合病院……キョウマくんが以前に足を運んでいた病院です。

受付で面会の手続きを行い、そのままキョウマくんの妹さんの病室へ入りました。

まだキョウマくんはおらず、眠っている黒髪の少女だけがいました。特有の消毒液の臭いに混じり、花の香りが漂っています。



「"クロガネ キョウカ"……カタカナで書いてあるのはありがたいですね」



枕元の赤いお花が生けられた花瓶の横に私が持ってきた鉢植えを置きます。

……十年前はまだ私ではなく父が大司教の立場にいました。よって、キョウマくんの家族を害するように命令を出したのは私ではありません。

それでも、彼には関係ないでしょうね……アレはきっと神聖制約教団ホーリーギアスという存在全てを憎んでいる目でしたからね。



「アンタ、誰だ……?」


「こんにちは、先にお邪魔していますよ"キョウマ"くん」



病室に入ってきたキョウマくんが怪訝そうな表情で私を見つめています……そういば、彼と初めてあった時は仮面をかぶっていましたからね……それに今は認識阻害メガネも掛けていますし、まあ分からなくても仕方ないです。



「やれやれ……これなら分かりますか?」



懐から仮面を取り出し、私の顔に近づけて見ればキョウマくんは目を見開き殴り掛かって来ました。



「良いのですか?妹さんがいるのですよ?」



顔面と拳が接触する寸前で止まりました。暴力はいけませんよ暴力は……インドア派なのでそういう荒事は私滅法弱いです。



「何故……貴様がここにいる……!!」


「教団の手は貴方が思っている以上に方々に届いているのですよ……少し、外に出ましょうか」



ニッコリと笑いかければ彼は舌打ちをしながらも大人しく着いてきてくれました。私の二歩ほど後ろを歩き、お互いに無言のまま建物と建物の路地裏へと入った直後に私は彼へと向き直りました。



「さて……何から話しましょうか」


「話す事は何も無い……!!」



壁に押し付けられ、その際に後頭部を打ち付けました……ぐわんとした衝撃で脳が揺さぶられて視界が一瞬歪みます。

胸元を抑えられ、呼吸もしづらい状況ですが私は笑い続けます。



「まあ、聞いて下さい……10年前の事件についてはお悔やみ申し上げます」


「どの口がっ!!」


「ングッ…!話は、最後まで聞いて下さいよ……私も当時はまだ子供でしたから何も関与してませんし、そもそも命令は当時の大司教の独断でした」


「……続けろ」


「なら、離れて下さい……息苦しいです」



舌打ちと共に離れてくれたキョウマくん。

咳き込みながらも短気な彼がまたしびれを切らす前に話を続けました。



「ゲホゲホ……失礼、続けますよ。当時の大司教が探していたのは特別なカードです。聞き覚えは?」


「………………無いな」



嘘ですね、ほんのわずかですが瞳が揺れました。キョウマくんは出し惜しみはしないタイプなので以前のファイトの時に特別なカード──六英雄カードを所持していたならば使っていた筈です。

ならば、彼はカードを所持しておらず……しかし存在は知っているという状態でしょうね。そこまでの情報網を持つ、キョウマくんが所属しているであろう"闇のファイター"の組織……



「なるほど……恐怖連合ダークアライアンスは当事者である貴方に何も教えていなかったわけですか」


「っ!?何故組織の事を……!!?」


「そりゃあ、有名どころですからね」



恐怖連合ダークアライアンスとはカードの偽造や強奪、"闇のファイター"による政府要人の襲撃等を行っている国際的なテロ組織です。

神聖制約教団ホーリーギアスとはまさに対のような存在ですね……どちらも悪側である事は変わりませんが。



「まあ、貴方の組織については今は関係ありません……大事なのは当時の大司教が探していた特別なカードらしき物をとある子供達が手に入れたという事です」


「何が言いたい……」


「ふふふ、せっかちさんですね。当時の大司教は今や神聖制約教団ホーリーギアスの日本支部長にまで登り詰めています……そんなあの人が探し求めているカードをただの子供達が所持しているのですよ?どこかの悲劇の第二幕が起きるとは思いませんか?」


「……………」



疑いが半分混ざった視線ですがまあ良いでしょう。嘘は言っていません。特別なカードを父が追い求めていたのは確かです……それが六英雄カードなのはか不明ですけどね。



「何故……そんな事を俺に話す」


「貴方が人だからですよ。あの日の襲撃で、貴方は私の元に来るまでに教団の者を傷つけていません……そんな配慮をしなくても良かったのにね」


「……貴様ら教団に騙されている奴だったかもしれない。無理矢理に言うことを聞かされているかもしれない……俺が復讐したいのはそんな流されている奴らじゃ無いからだ」


。やはり貴方は良い人ですねキョウマくん。私とて同じなのですよ、無闇矢鱈に他人を巻き込みたくない……ええ、そうですとも。貴方は家族の復讐がしたくて、私は前の大司教が狙うカードを子供達に手放させたい。つまりは貴方が前の大司教が狙うカードを手に入れてしまえば向こうから貴方の元に来るとは思いませんか?」



沈黙のみ帰ってきますが充分です。先程までの荒っぽい対応からここまで軟化させる事が出来ましたからね。



「一つ聞かせろ……何故、お前はその子供達を守りたがる?」


「愚問ですね……でも、良い質問ですよキョウマくん」



その日一番の笑顔を向けて、私は純粋なその気持ちを言葉にしました



「大事なだからですよ」



それから、一人路地裏に残された私へタクミくんからメールが届きました。



From:マネゴト タクミ

To:ハクジョウ

件名:終わったデシよ〜


大司教サマがデッキを渡した子負けちゃったデシ

でもすごい量のサモンエナジーとデモンエナジーが発生したデシ

ウハウハデシ

録画したデータは後で送るデシ



10分程してから見やすいように加工が施された録画データが飛んできました。

対峙するヒャッカ少年とミト嬢……困惑するヒャッカ少年と対照的にミト嬢の表情は憎しみに満ち溢れています。

タクミくんがプロデュースした赤の英雄対策第一弾は墓地に召喚コスト削減となる赤のモンスターを置かさせないという物です。



『来なさい!【凍土の魔女アブソリューション・ウィッチフリージア】!!』



凍土の魔女アブソリューション・ウィッチフリージア】

青 コスト:4 人・氷

A:2 B:2


このモンスターが場に出た時、互いの墓地のカードを全てデッキに戻す。

このモンスターが攻撃する時に墓地のスペルカードを一枚手札に加える事が出来る。



青お得意のバウンス戦術の極みとも言えるデッキへのバウンス。あのカードは墓地が戦術となるデッキでは致命傷となる一枚でした。

それでもヒャッカ少年は【バンカ】を起点に大量の墓地肥やしを行ってリカバリーをしていますね。



『無駄よ、それでもアタシがライフを削る方が早いんだから!!』



【クリカラ】の相手ターンでの召喚のキーはモンスターによる残りライフが0となる攻撃です。つまり、バーンには反応する事が出来ない。それがタクミくんプロデュースの赤の英雄対策第二弾です。

氷雪の泣き妖精アイスタル・バンシー】によるバーンを最大限に活かす為の連続サモン。枯渇しそうな手札をスペルカードで補充してそのスペルが少なくなれば【再凍結リフリーズ】で【フリージア】を回収して再召喚でヒャッカ少年の墓地ごとリセットを掛ける。

この戦術の難点は互いの墓地をリセットするからこそ、ヒャッカ少年のライフ回復手段も使い回される事です。【火豚ヒートン】が今度は豚汁になって提供されていきましたよ。

そして、スロットに余裕が無くてヒャッカ少年の盤面に触れられるカードが少ないのも弱点ですね。

【クリカラ】を出す前に他の炎熱バーニングモンスター達でミト嬢のライフが削られていきます。



『何よ……何で届かないのよ…!!アタシの方が強かったのに!!アンタなんかに見下されたくないのに!!!』


『俺がいつ"水兎ミト"を見下したんだよ!!?』


『大会の時!!アンタ、アタシにディスクくれたじゃない!!優勝賞品の!!"翠子ミドリコ"ちゃんでも良かったじゃないあげるの!!』


『だってお前が一番欲しがってたんじゃん!!』


『うるさい!!バカ!!』


『お前が理由聞いたのにその言い方は無くないか!!?』



少年少女の……いえ、少女による一方的な感情のぶつけ合いはほっこりします。和みます。

最終的にはターンカウンターが8まで溜まったのでそのまま【クリカラ】が出されて終わりましたね……バーンか墓地阻害かどちらかに絞った方が良いですねこれは。

アレだけメタを張っても勝てなかった事にミト嬢は項垂れて泣きそうになっていますね。



『勝てなかった……うう』


『……あのさ、俺本当に見下してなんか無いんだぜ?"水兎ミト"にディスク上げたのもさ……"水兎ミト"と好きな時にディスク使ったファイトしたかったからだよ』


『本当に……?』


『本当だってば。だってさ……俺の一番のライバルはやっぱお前なんだからよ』



照れくさそうに鼻の頭を指で掻いているヒャッカ少年にジワジワと涙を溢れさせたミト嬢が抱きつきました。



『うわぁぁぁん!!"百火ヒャッカ"ごめんんん!!!』


『うぉわ!?急に抱きつくなよ危ないだろ!!?』



二人のその姿を最後に映像は終わりました……実に良い物でした。ボーイミーツガールって奴です?少年少女の青春……ミト嬢を洗脳したあの時の私、グッジョブです。

こういう闇堕ちからの救済、そしてグッと距離が近くなるのはお約束ですからね……暫くは私お肌ぷるぷるになりそうです。

しかし、タクミくんには悪い事をしました……あの状況ではデッキの回収は出来ませんからね。カード自体は教団で集めた物なので懐は痛まないと思いますが……今度、補填しましょうか。

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