「大事にするね」/「あげましょう、力を……」

崩れ落ちたソコロワを百火ヒャッカが助け起こしている姿を私はどこか遠くの出来事のように認識していた。

巻き起こる拍手と歓声が百火ヒャッカを祝福しているのを素直に喜べなかった……アタシが勝てなかった相手にアタシより百火ヒャッカが勝ったなんて……認めたくなかった。



「見応えのある良いファイトでした……とても素晴らしい」


「……あの少女の手札、一枚は最初から握り続けていた恐らくは【KITERETU】を守る為のカードでもう一枚は最後にドローしたカード。それがモンスターだったならダメ押しでもう一体出して勝てていた」


「モンスターがいなかったかもしれませんし、"ソコロワ"嬢は"ヒャッカ"少年を無駄に攻撃したくなかったのですよ。優しい子ですよ彼女は……勝てますか?」


「勿論……余裕で勝てます」



オウドウとかいう人の独り言にユギトさんが反応して、そこから静かにでも確かにオウドウはソコロワに勝てると言い切っている。

どこから来る自信何だろうかと視線を向けていたアタシとユギトさんの目が合った。



「"ミト"嬢、"ヒャッカ"少年に声を掛けなくて大丈夫ですか?」


「おーい"水兎ミト"ー!!」



気まずくなる前に百火ヒャッカがパタパタと優勝賞品の"ギアスディスク"を抱えて走ってくる……いつもは空気を読んでと怒るけども今日はナイスタイミングだ。



百火ヒャッカ、優勝おめでとう」


「おう!コイツのお陰で最後勝てたぜ!あ、そうだコレやるよ!!」



そう言って差し出してくるのは優勝賞品だった"ギアスディスク"……ズキンと胸の奥が軋んだ。



「アンタ、これ……」


「俺は良いんだよ!もう持ってるし……"水兎ミト"、ずっと欲しがってただろ?だからやる!!」



軋んだのはアタシのプライドだ。

コイツにそういう裏が有るなんて思わないけども……恵んで貰ってるような現状が凄く嫌で泣き出してしまいそうな程に悔しい。



「……うん、ありがとう。大事にするね」



……それでも、グッと心を抑えてディスクを受け取った。

何回か借りてた時とは違ってとても重く感じるのはきっとアタシの感情の重さだ。

それから嬉しそうに周りに話し掛け続ける百火ヒャッカから距離を置いて、こっそりと帰ろうとしている二人の男性へと声を掛けた。



「あの、"ユギト"さんと……"オウドウ"さん?ちょっと良いですか」


「おや、もう"ヒャッカ"少年とは良いのですか?」


「うん……あの、"オウドウ"さんは"ソコロワ"に勝てるってさっき言ってましたよね……本当ですか?」



アタシの言葉にユギトさんは目を細め、そして何かを言おうとしたオウドウさんを遮って答えてくれた。



「ええ、彼は私の知る限り最強のサモナーですからね……"ミト"嬢、貴方は"ジュン"くんに師事したいのですね?」


「っ!はい……!アタシ、勝てなかったのがやっぱり悔しいから!強くなりたいんです!!」


「なるほど……なるほど」



静かに頷いたユギトさんは横に立ったままのオウドウさんに目配せをしてからニコリとアタシに笑いかける。



「なら、"ジュン"くんを鍛えたお師匠さんに"ミト"嬢も鍛えてもらいましょうか」


「なっ!?」


「えっ!?"オウドウ"さんのお師匠さん!!?」



息を飲むオウドウさんの反応かそれとも必死に頼み込む私の形相が面白いのか……ユギトさんは笑っていた。



「ええ、私から頼んでみましょう……今日の夜の20時くらいに"ミラージュ"の近くの公園に来て下さい」



『お迎えの子が来ますから』と続けてからユギトさんはオウドウさんを引き連れて帰っていった……夜に出歩くのは難しいけども頑張ってみよう!

それから家に帰って夕飯を食べてしばらくして、お母さんに『忘れ物をした』と嘘を吐いて外へと飛び出した。

夜の街は夏が近いからかじとりと空気が生暖かくてイケナイ事をしている気持ちも相まって不快な汗が吹き出してくる。



「時間……19:50、ちょっと早く着いちゃった」



持ってきていた汗ふきシートを使いつつ、辺りをキョロキョロと見渡す。人の気配が無い夜の公園は少し怖くて持ってきていたデッキケースを思わずギュッと握ってしまう。

それから全く人影も無く、20時丁度になっても誰も来なかった。



「……"ユギト"さん、断られちゃったのかな?」



しょんぼりと俯いて、そろそろ帰ろうと公園の入り口につま先を向けた瞬間にお腹の底から響くような低い音が聞こえてきた。

その音は段々と大きくなって、公園の入り口から聞こえてくると同時にぼんやりと白い光が見えた。

それは……バイクだ。バイクは入り口近くで止まると乗っていた女の人がこっちに小走りでやって来る。



「わりぃな、待たせたか?」


「お姉さんが……"オウドウ"さんのお師匠さん?」


「はぁ??ちげぇちげぇ、あたしはアンタを連れてきてくれって頼まれただけさ。ほら、ヘルメット付け方分かるか?」



ポイッと投げ渡された赤いヘルメットをアタフタしながら被っているとお姉さんはバイクを親指で指差した。



「アレに乗って行くけど、早いのは怖くないか?」


「多分大丈夫です!」


「よーし、良い子だ。んじゃ、着いてきな!」



お姉さんに誘われるまま生まれて初めてバイクに乗り、そして走り出した。

バイクは乗ってみるととても速くて、ヘルメットが無ければきっと目を開けることも出来ないくらいの風の強さで必死にお姉さんの体にしがみついていた。でも、不思議と怖くはなかった。バイクのエンジンの音と振動が心地よくて……あっという間のドライブだった。



「よっと……着いたぜ、体大丈夫か?」


「はい……バイク、楽しかったです」


「そいつは良かった!女の子でコイツの良さ分かるやつあんまりいなくてさ……」



鼻の頭を擦りながらへへっと笑ってるお姉さんは気を取り直したように咳払いをすると、アタシの背後に向けて指を指しました。



「ん、んん……ここからはアンタ一人で行くんだ」


「ここからって……ここ、教会?」


「そ、神聖制約教団ホーリーギアスの鏡富市支部だよ。アンタが会うべき人はここのトップさ」


神聖制約教団ホーリーギアス……」



聞いたことはある。良い事をしていたらいつか救世主に救われるとかそういう教えの宗教だ。でも、あまり良い噂は聞かない……良い事をしようとするあまり、他の人と揉め事を良く起こすからだ。

でも、神聖制約教団ホーリーギアスの精鋭の人達は凄く強くて中には全国大会上位入賞者も加入していると聞いたことがある。もし、オウドウさんのお師匠さんがその上位入賞者だとしたら……



「……はい、分かりました。お姉さん、送ってくれてありがとうございました!」


「あの人から頼まれただけさ、ほら気張って行くんだよ!」



頷いた私はお姉さんに背を向けて真っ直ぐに教会へと歩いた。

すぐ近くだけど遠く感じたのは緊張のせい……最後の一歩と同時に大きな木製の扉を押し開く。

教会の中はがらんとしていて、奥に白い物体が見える。



「よく来ましたね、楽にして下さい」



白い物体は真っ白なローブを来た白い仮面の不審者だった……アレが、神聖制約教団ホーリーギアスの偉い人……なの?



「えっと……あなたが"オウドウ"さんのお師匠さん……ですか?」


「はい、そうですよ。"ジュン"くんに"ドレッドギアス"を教えたのは私です……貴方は強くなりたいという事でしたね、"ユギト"から話は聞いています」


「っはい!!アタシ、強くなりたいんです!!」


「何の為に?」


「えっ……?」



何の為かと聞かれてアタシは言葉に詰まってしまった……ソコロワを倒したい?確かにそうだけど一番の理由じゃない。百火ヒャッカを見返してやりたい……かなり近いけれど、なんか違う。

そうしてアタシが何も言えないでいるのをお師匠さん(?)は仮面越しにくぐもった笑い声を浴びせかける。



「ああ、失礼。笑うつもりは無かったのですが……仕方がない事です。子供というのはがむしゃらに力を追い求めたがる節がありますから……おいで」



怪しい姿なのにどこか落ち着くその声に誘われるがまま、アタシはお師匠さんの後をついて歩いた。

教会の広い部屋から、幾つか廊下を経て地下に向かって歩いていくアタシ達。

ずっと無言のままが気まずくて、色々と聞いてみる事にした。



「あの、"オウドウ"さんのお師匠さんはなんというお名前なのですか?」


「そうですね……皆からは大司教と呼ばれているのでそう呼んでください」


「それって名前じゃなくて役職じゃあ……」


「ここでは私の名前を呼ぶ人は片手の指で数える程しかいませんからね……皆が望むのは私個人では無く、神聖制約教団ホーリーギアスの信徒を導く強く正しい指導者ですから」


「………それって、寂しくないのですか?」


「いいえ、人々から求められるという事は素晴らしい事です。誰にも見向きされずに捨て置かれる事よりもね……」



声色が一切変わらず、澱みなく話すことから大司教さんが本心からそう思っている事が伺えてしまう。本人は全く気にしていないようだけども……アタシはソレがすごく寂しいと感じてしまった。



「そう気に病まなくて良いのですよ""。所詮は他人事ですから」


「あの……アタシ、名前言ってましたっけ……?」


「"ユギト"から聞いていたのですよ、お名前をね」



少し、違和感を感じた。

他の人は敬称のような物を付けているのにユギトさんだけは呼び捨て……そしてその敬称も、耳に聞き覚えがある。

よく聞いてみれば仮面越しのその声も覚えがある。答えはつまり、そういうこと。



「さあ、着きましたよ。この部屋です」


「その前に一つ、良いですか?」



地下の一室、低く機械の駆動音が金属の扉の向こうから聞こえてくる。

脳内で警鐘が鳴らされている中、アタシは……勇気を持って踏み込んだ。



「あなた……"ユギト"さん、ですよね?」


「…………何故、そう思うのです?」


「声とか話し方とか……そっくりですよ」



アタシ達の間で少し、無言の時間が流れる……その沈黙の帳を切ったのは、ユギトさんだ。



「ふっふふふ……確かに、流石に舐め過ぎていましたね。子供だから、服だけ変えればバレないだろうって」



そして言葉が言い終わるよりも早くユギトさんはアタシに飛び掛り、首を掴まれた。

大人と子供の力の差、どれだけもがいて爪を立ててもビクともしない。このまま首を絞められて死ぬのかと息苦しくてボーッとしてきた頭で考えたら涙が零れる。

でも、そうはならなかった。

ユギトさんはアタシを入ろうとしていた部屋に投げ込んだ。新鮮な空気が肺に満ちてむせ込んでしまうアタシを心配そうに仮面を外したユギトさんがしゃがんで見てくる。



「大丈夫ですか?落ち着いて深呼吸です」


「ゲボゴホゴホ……なん…で……?」


「なんで、と来ましたか……『なんでこんな事を?』それとも『なんで殺さなかった?』あるいは両方ですかね?」



いつものようにニコニコと笑っている姿がおぞましく見えて、呼吸を整えるよりも先に距離を離そうと立ち上がった瞬間に手足を何かが掴んだ。



「こらこら、危ないじゃないですか急に動いたら……ふふふ」



何が楽しいのかずっと笑い続ける彼の姿にアタシはふと気づいてしまった。いつもユギトさんは笑っている……困ったとか悲しいとか口では言っていてもその表情は常に笑顔だ。



「"ミト"嬢、言ってましたね力が欲しいと。あげましょう、力を……そしてソレを振るう為の理由も」



ニタリ…という擬音が似合ってしまった。大きく細い半月上に開いた口と糸のように細められた目の動き。今まで見た事がないその恐怖心を煽る笑顔を最後にアタシの記憶は途絶えた。





ーーーーー





独特の駆動音と電気が織り成す破裂音に負けないくらいの悲鳴が室内に響いています。

ミト嬢の詳細については詳しくは言わないでおきましょう……乙女の尊厳が危ぶまれますから。

彼女は今、記憶の操作と感情の植え付け……所謂、洗脳装置に掛けられています。メインは記憶の操作の方で、ここまで来た道中と私との会話……そもそも、昼間に私とジュンくんに話しかけてきた辺りからの記憶を消させていただいています。

正直、舐めていましたよ……まさか、正体があんなあっさりとバレてしまうなんて。

部屋へと繋がる唯一の扉が開き、ジュンくんが中へと入ってきました。この部屋の存在を知るのは私と私の父、そしてジュンくんの三人だけです。因みに被験者となった人たちはノーカウントとさせていただいています。だって、ここへ来た事は忘れさせていますからね。



「"ジュン"くん、回収は出来ましたか?」


「はい、こちらです」



そう言って彼が差し出したのは一枚のカード。

邪聖天の怠惰デモリエル・デリジェンスベルフェゴール】、昼間の"ミラージュ"で行われた大会は大量の"サモンエナジー"が発生していました。

特に最後のヒャッカ少年とソコロワ嬢のファイトは凄まじい物で、六英雄カードのぶつかり合いの際には実体化の強度が限りなく強くなっていました。

だからこそ、集めきれなかった際に生まれる澱みのような"サモンエナジー"……正式に"デモンエナジー"と名付けられたソレからまたカードが生まれると踏み、ジュンくんに回収に向かってもらったのです。



「どうでしたか?何かが実体化したりなどは……」


「いえ……"サモンエナジー"を回収する時と同じ手順で"デモンエナジー"を集める事が出来ました。その際にこのカードは落ちていました」



なるほど……実体化するには時間が足らなかったというわけでしょうか?それとも他にトリガーがあるのか……まあ、何事も無く回収出来たのならばそれはそれで良い事です。

労う為にジュンくんの方へ向き直ると、彼の表情が重たい事に気が付きました。



「どうされましたか"ジュン"くん?疲れているのならば先に戻っていても構いませんよ」


「いえ、そういう訳ではありません……」



彼の視線の先には今も記憶処理を行われているミト嬢の姿が……なるほど、確かに子供がアレを受けているのを見るのは中々心にキますからね。



「アレはとても痛く苦しいですからね……でも大丈夫ですよ。"ミト"嬢なら耐えぬいてくれます」


「…………」


「変更強度は最低ランクなので心身に影響はまずありません……大丈夫です、彼女耐えてくれますよ」



痛ましいモノを見るようにジュンくんは私の背中越しにミト嬢を見つめ続けていました。

大丈夫、大丈夫と私自身も自分に言い聞かせ続けます。これもまた滅ぼされるべき悪の振る舞いとして仕方の無い事です……彼女はメインキャラですから肉体的にも精神的にも死ぬ事は有り得ない。

、大丈夫なのです……そう口の中で呟いた私は自分が手を血が滲む程に強く握り続けている事に気づいたのは彼女の洗脳処理が終わってからでした。









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