「あなたは恩人です」
それから、レイカ嬢とオニマルくんが帰ってきたのは明け方頃でした。
警察の追っ手を撒くのに時間が掛かったと息も絶え絶えの様子の二人に差し出したのは蜂蜜を入れたホットミルクです。
ゆっくりと飲み干して二人はようやく一息がつけたようで、直ぐに頭を下げたレイカ嬢に報告は後で良いと告げました。
申し訳なさそうに、それでも疲れきった表情のレイカ嬢は教会内の仮眠室へ行き、オニマルくんは『学校は休めないから』と足早に帰宅していきました。
その姿を見送った私は生あくびをかましながら華麗に二度寝の体勢に入りました……朝の祈りは私抜きで問題有りませんし、流石に明け方に起こされたのは眠いですからね。
「ふぁ……」
次に目を覚ましたのはお昼頃……ダメ人間街道まっしぐらな生活をしているのは自覚しています……不労所得がデカイのも追い風になっていますね。
シャワールームでひとっ風呂浴びてようやく完全に目が覚めます。
鏡に写ったこの世界での自分の姿は最近見慣れる事が出来ました。
ルビーレッドの垂れ目は優しげな印象を与え、桃色の長髪は後頭部で一纏めにしないと鬱陶しい程に広がってしまいます。最近の悩みは髪の両サイドに白髪が出てきたことでしょうか?この歳で白髪なのも悲しくなってきます……まだ20代なのに。
「さて、出掛けますか」
大司教の服装のままコソコソと裏口へ周り、手早く脱いでからユギトとしての服装に着替えました。見つかると護衛として着いてこようとする人がいますからね……特にジュンくん。
ぶらりぶらりと近くの商店街へ繰り出せばお昼時なの美味しそうな食べ物の匂いが漂っています……朝ごはんはまだなので、ちょうどいいかもしれません。
今日の気分はと見渡せば一軒のお肉屋さんが目に飛び込みます。
店先に並べられたのはお隣のパン屋さんから仕入れた特製コッペパンでこれまた揚げたてのコロッケ二個分を挟んだコロッケパン。ちょうど出来たてのようで飛ぶように売れていきます。
急いで私もお肉屋さんへ駆け出します。
「「すいません、コロッケパン下さい!!」」
私と声がハモったのは小さな女の子でした。
薄い色の金髪……確かブロンドヘアーでしたか?その髪をツインテールにした白い肌の少女が私が指を指しているのと同じコロッケパンを指しています。
「なっ……!それは小官が先に目を付けていたのであります!渡さないであります!」
「そうかもしれませんね、どうぞお先に」
「……ぇ?」
金色の瞳が零れんばかりに目を見開いている彼女へとお肉屋さんの店主さんが手早くコロッケパンを包んでいます。
理解が追いつかないまま代金を支払い終わり、受け取ってからようやく彼女は正気に戻りました。
「ハッ!?いやいやいや!!なんでそんなにすんなり引き下がるでありますか!?普通、ここは押し通す為に"ギアスファイト"で勝負を決める所であります!!」
「私が"ドレッドギアス"をしていなかったら勝負しないのではそれ?」
「それもそうであります!!?」
「まあ、私は"ドレッドギアス"していますけどね」
「人をからかうのがそんなに楽しいでありますかこの男!!?」
『正直、楽しいですね』という言葉を飲み込んでニコニコと笑顔を向けます。
そして改めてコロッケパンを買おうとブラックカードを店主さんへ渡します。
「これでお願いします」
「兄ちゃん、うち現金だけだよ」
「………………………」
お財布を引っくり返しても出てくる硬貨ではコロッケパンを買えません。
振り返って怪訝そうな顔の少女に私は頭を下げる事にしました。
「すいません、お金を貸していただけませんか?」
「本当になんなんでありますかコイツは!?」
そうは言うものの根は優しいようで少女からコロッケパンを恵んでもらえました。
完全にダメな大人として少女に認識されましたがめげません……コロッケパン美味しいです。
「ありがとうございます、あなたは恩人です……何か出来る事が有れば非力の身ですがお礼として手助けをしたいです」
「大袈裟であります……でも、手助けをしたいと言うなら人探しを手伝ってほしいであります」
そう言って彼女は懐から一枚の紙を取り出してこちらに見せてきました。
六個の突起のある王冠のようにも見えるマークが書かれていたそれは私には皆目見当もつきませんでした。
「これは?」
「印であります。反逆の六英雄と呼ばれるカードに刻まれているであります。小官はその持ち主を探しているであります」
「なるほど……取り敢えず、カードショップに行ってみましょう。カードの事なら情報はそこに集まると思いますので」
包み紙は丁寧に畳んでゴミ箱に捨て、少女を伴って"ミラージュ"へと向かいます。
歩幅を合わせたので彼女は直ぐに私の隣に来ました。
「……何故、最初にコロッケパンを小官に譲ったでありますか?小官が子供で、女だからでありますか?」
「いいえ?売り切れる訳でもありませんし、不必要な諍いの種は拾わない主義なのです」
「つまり、最後の一個だったら譲らなかったでありますか?」
「んー……多分、譲りましたよ。私はこの街に住んでいますが、貴方は恐らくはこの街に旅行か何かで来たのでしょう?」
「!!!なんで分かったでありますか!?」
「見慣れない子で、見る限り小学生くらいの子ならば給食を食べてそこまで時間が経っていませんし……そもそもまだ授業中の筈です。となれば、引っ越したばかりの子か旅行で来たかの二択ですよ。その二択を当てることが出来たのは幸運でした。私にはまた買う機会がありますが貴方には無いかもしれないでしょう?」
ニコリと微笑み、少女の様子をうかがいます。
先程までのダメな大人を見る目はほんの少しだけ軟化したように見受けられます。
そうこう言ってる間に"ミラージュ"に到着です。
「ここがカードショップ"ミラージュ"です。品揃えが良くて"ギアスディスク"のレンタルやそれを用いた大会などが開かれる事もありますね」
「ふむ……結構綺麗な外見でありますな」
小洒落たアパレルショップのような外見はアポロさんの趣味らしいです。筆記体で書かれたMirageの看板、そしてさりげなく描かれた"ドレッドギアス"のカードの裏面も違和感を与えさせずに雰囲気に溶け込んでいますね。
店内は数人がストレージやショーケースを眺めていて、カウンター付近ではいつもの二人+一人がアポロさんに絡んでいました。
「おや、早いですね御三方……こんにちは」
「あ!"ユギト"のおっちゃん!」
「こんにちは"ユギト"さん」
「こんにちはだっぺ〜」
ヒャッカ少年、ミト嬢、マイバラ嬢の順に挨拶が返ってきます。そして、グイグイとヒャッカ少年が私の腕を引いてきますね。
「昨日さ!昨日さ!骸骨の女とファイトして!負けそうになったらデッキが光って!そしたらさ!」
「ストップです"ヒャッカ"少年。流石にちょっと分かんないので初めからゆっくり説明をお願いします」
「あ、わりぃ!えーっとー」
ヒャッカ少年の言葉を纏めると、
・"ミラージュ"に忘れ物をしたのに気づいて取りに戻る
・骸骨の仮面を被ったバイクの女にアポロさんが襲われていた
・骸骨女とファイトする事になった、その時に"ギアスディスク"がバイクから飛んできた
・負けそうになった時に変な声が聞こえて、その質問に答えたらデッキが光った
・入れた覚えの無いカードが入ってて、それで勝てた
「……で、それがこのカード!」
そう言ってヒャッカ少年が見せてくれたのはテキスト欄の背景に六個の突起がある王冠のマークが描かれたカード【
そのテキスト内容を読み取ろうと見る前に放置されていたコロッケパンの少女が大きな声を上げました。
「そ、それは反逆の六英雄のカード!!今すぐ小官に渡すであります!!!」
「なんだよこのちびっ子は!?」
「ちびっ子ではないであります少年!!小官は"レジーナ・
びしりと言い放った少女……ソコロワ嬢は警察手帳のような物を見せつけてきます……作りはしっかりしていますし本物のように見えますね。
「特殊カード……何だって?」
「特殊カード犯罪対策部門であります。"ドレッドギアス"に存在する特別な力を持ったカードの回収、及びそれを用いた犯罪を取り締まるのが小官の仕事であります」
そう胸を張るソコロワ嬢に怪訝そうな視線を送るヒャッカ少年とミト嬢。
マイバラ嬢は素直に『すごいっぺ〜』とキラキラした視線を向けていますね。
「その反逆の六英雄カードは危険なカードであります……子供では扱いきれないでありますから、渡して欲しいでありますよ」
「つうかなんだよその反逆の六英雄って?」
「テキスト欄にあるその王冠マークを持ったカードが反逆の六英雄カードであります。使用者を選び、そして認められなければ酷い目にあわせる呪われたカードであります!危険なのであります!」
危険と言われてヒャッカ少年は自分の手の中のカードを見つめます。
以前までの臆病な所のある彼ならばきっとソコロワ嬢にカードを渡すでしょう……でも、どうやら一晩で彼は成長したようですね。
「いやだ!俺はコイツがそんな危なそうな奴に思えないし、何より言ってやったんだ!恐怖を乗り越えて前に踏み出す姿を見せてやるって!」
「聞き分けのない少年でありますね……ならば「ちょうどいいね!」小……なんでありますか!?」
今回はタイミングの悪いアポロさんのログインです。
そのまま一枚のビラをお子様4人組に見せてきますね……ショップ大会ですか。
「「"ミラージュ"月末ショップ大会?」」
「ああ、もうそんな時期なのね」
「"
「その名の通り、カードショップが主催する"ドレッドギアス"の大会よ。夜とかにプチ大会は毎日開かれてるけど……月末大会となったら賞品が出る大規模な物になるわ」
「賞品だっぺか!?お米一俵とか……!?」
「HAHAHA、ここはカードショップだからカードに関連する商品になるよお嬢さん。今回は奮発して"ギアスディスク"が賞品さ!!」
"ギアスディスク"には対戦記録保存機能にカード盗難防止機能等が着いていますのでどうしても小学生には手が出しづらい値段になっています。
それが手に入るかもしれないとの事でミト嬢の目はギラついています。
「大会ともなればたくさんの人の目があるからね、お互いに勝敗に不服があってもきちんと決め事が守られる保証がされるわけさ」
「……良いでしょう、小官に異論はないであります」
「俺もいいぜ!」
「OKOK、ならこの参加希望欄に名前書いてねー」
「あ!私も書くわ!!」
「わたすも出るっぺ〜!"ユギト"さんも書くっぺ?」
差し出された参加用紙ですが、私は首を横に振ります。
「その日は用事がありまして……決勝は恐らく見れますが、参加は厳しいですね」
「残念っぺなぁ」
もちろん、用事がある訳ありません。
単純にIGPを名乗るソコロワ嬢の立ち位置確認と大会という目立つ所に出る事のリスクを考えた結果ですね……認識阻害メガネの効果も絶対という訳ではありませんし。
その後は少年少女達が話している裏でこっそりと退店させていただきました。
ソコロワ嬢の案内を終えた時点で元々"ミラージュ"を訪れる予定が無かった私にこの店にいる理由は無くなったのです……この近辺に寄る予定だったので二度手間にならなかったのは幸いですがね。
「……さてさて」
商店街の一角にある"ミラージュ"から歩いて数百m、住宅街へと続く生活道路から一本横道に逸れますと昼間なのにどこか薄暗い雰囲気の道に出てきました。
教団お手製の"ギアスディスク"を装着、展開してカードを一枚セットします。
「さあ、仕事ですよ【ミカエリス】」
ディスクの側面にあるボタンを一定の手順で押した瞬間にセットされたカードが輝きました。
深紅の髪をなびかせて【
彼女は腰に下げた長剣を抜き放つとソレを横道の一角へと突き刺しました。
中空で止まった剣先を弾き返したのは黒い炎の塊。
"サモンエナジー"の蒐集を目的としたファイトが行われた場所には残留思念のようにこびりついたナニカが残ります。それもまた"サモンエナジー"の一種なので常ならば回収していましたが……昨夜はレイカ嬢は勿論の事、オニマルくんにもそんな余裕は無かったはずです。
念の為にと見に来て正解でした。
「いやまさかこんな大きくなっているなんてねぇ……蒐集の為にわざと放置しておくのも有り……」
『險ア縺輔↑縺?李縺?享縺。縺溘>辯?d縺!!』
「なわけないですね、明らかに厄ネタじゃないですか……!」
耳障りな叫び声を上げる炎の塊を再度【ミカエリス】は突き刺そうとしますが、炎はひらりと避けたかと思うと人の形へと変わりました。
髑髏を模したフルフェイスのヘルメットに武者鎧とライダースーツを混ぜたような服装のがっしりとした体格の男性……【
「札を持つ者……我らが主となるべき宿命者……証を示せ」
その言葉と同時に私と彼(?)を取り囲むように黒炎が走ります。
【カイエン】はデッキらしきカードの束をどのような力なのか分かりませんが自分の近くに浮遊させてそこから五枚引いて待ち構えています……なるほど、恐らくは本来ならばレイカ嬢かヒャッカ少年辺りがこなすべきイベントだったのでしょうねこれは。
それに首を突っ込んだ私がフラグを回収してしまったというわけですか……いやはや、めんどくさい事になりましたよ。
「【ミカエリス】、一旦戻ってください」
不服そうな表情を一瞬浮かべてから、彼女は姿を消しました。セットしていたカードをデッキに戻し、シャッフルしてから"ギアスディスク"に再度セットします。
「私は貴方の主にはなれませんが……降り掛かる火の粉ならば振り払わなければいけませんね」
「我らが獄炎を火の粉と称する傲慢さ……覚えがあるぞ」
「私にはありませんね、誰かと間違えているのでは?その形が綺麗な頭蓋骨の中身に刻まれてないのです?」
「…………侮辱を受けて、大人しくしている程我らは育ちが良くないのでな」
煽り過ぎました。
やる気満々の相手に微笑みかけながら、私はカードを五枚引きます。
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